恐怖を知らなければ勇気は存在しない

哲学系記事

勇気とはスキルの一つだと私は考えています。

生まれ持った量の差はあるものの、基本的には鍛えて成長していくものです。

ただ、勇気が本当はどういうものなのか…どうやって成長していくのか。

それを知る人はなかなかいません。

勇気の無い人が「自分には勇気がある」

勇気の有る人が「自分には勇気がない」

と真逆の捉え方をすることもあります。

私は勇気のある人が好きです。

それがほんの些細なことであったとしても、人の勇気を見ると宝物を見つけたような気持ちになります。

これからの時代、勇気が鍵になってきます。

多くの人に勇気を持って欲しいと思うので今回の話を投稿します。

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勇気とは恐怖に立ち向かう力

「勇気」と「慣れ」は混同しやすいものです。

2014年9月に御嶽山が噴火した時、私は災害派遣で山頂の捜索活動に従事していました。

二酸化硫黄や硫化水素などの毒ガスが頻繁に発生し、火山灰に足を取られれば身動きをとれなくなり、気温が低く油断すると低体温症にもなります。

そもそも二次噴火する危険性もあります。

当時、周りからは「勇気がある」と言われていました。

しかし、私は修羅場に慣れていただけです。

警察時代に修羅場をさんざん経験し、自衛隊では獣の檻のようなガラの悪い部隊で生活してましたし、東日本大震災に出動もしてます。

その程度の危険は平常運転の範囲内でした。

だから、私よりも緊張しながら参加した若手の方が勇気があると思っています。

このように慣れたことをやる時、人はとくに恐怖を感じません。

初めてやることや、苦手なこと、先の見えないことなどに挑戦する時に恐怖を感じやすいです。

長年引きこもっていた私の友人が、バイトを始めて職業訓練も受け、webで仕事を受注したりしながら生活をしています。

その話を聞いた時「なんて勇気のある奴だ」と思ったのを覚えています。

本人からすれば生活のためにやらざるを得ないという話でしたが、引きこもりから社会に出る時はなにもかもが苦手で慣れないことです。

恐怖とは相対的なもので、誰かにとっては大したことないことでも誰かにとっては恐ろしいことだったりします。

何をするかは関係なく、自分が感じる恐怖にどれだけ立ち向かえるかが勇気の価値を決めます。

人間は生存本能から恐怖を感じ、怖いものから逃げるように設計されています。

恐怖に抗うということはそれだけ難しいことであり、それだけに勇気は尊いものなんです。

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勇気を鍛える

勇気を鍛える方法はいたってシンプルです。

恐怖に立ち向かう、そうすることで勇気が大きくなっていきます。

勇気の大きさはコップに入れた水のように長時間放置すると蒸発して減っていきます。

どんなに勇気のある人でも恐怖を感じない環境が続くと勇気が無くなってしまう訳です。

日常生活で恐怖を感じないときは、定期的に新しいことに挑戦することが勇気の維持に必要です。

なかなか勇気を出せない人は小さなことから少しずつ始めてみれば良いと思います。

知らない人に電車で席を譲るなど、親切は慣れない人にとって勇気がいることです。

最初は心臓がバクバクするかもしれません。

若い頃の私がそうでした(笑)

その行いが上手くいくかどうかは別問題で、大事なのは行動を起こすことです。

勇気を出した行いは自分の中で誇ることが出来ます。

それを繰り返していくと自己肯定感が強くなり、自分に自信を持って生きていくことが出来るようになるんです。

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勇気が試される瞬間

人生の中で勇気が試される瞬間というのは誰しも経験すると思います。

一番多いケースとしては仕事でミスをした時ではないでしょうか。

怒られるかもしれない、白い目で見られるかもしれない、キャリアに傷がつくかもしれないなど様々な恐怖が凝縮しています。

その恐怖から逃げようとすると、言い訳したり、誤魔化そうとしたり、バックれたり、他人のせいにしたりしてしまう訳です。

しかし、これをやってしまうと勇気は無くなりメンタルがどんどん弱くなってしまいます。

やがて、いつも何かに怯えながら生きていかなくてはならなくなります。

不安に耐えられず何かに依存したり、他人を攻撃して安心を得るようになっていく。

強い者にはペコペコとゴマをすり、弱い者には横柄な態度でマウントを取る。

成れの果てはそんな人間になってしまいます。

だから

「勇気を出して、失敗した時に言い訳もせず誤魔化しもせず正直に報告して謝罪する」

「そして、責任から逃げずに向き合った自分を誇れ」

と私は伝えたいです。

失敗はいつか風化して忘れ去られます。

後に残るのは立ち向かった経験か逃げた経験のどちらかです。

一時は辛くても、立ち向かって出来た心の傷は自分を強くします。

もしかしたら人を攻撃したがる亡者みたいな人達が群がるかもしれません。

彼らは自分に出来もしないことを平気で語るので、一言一句全て無視して構いません。

世の中には勇気とその行動の価値が分かる人がいますし、見えない所で評価するでしょう。

少なくとも私はそうです。

そして、何より自分は自分の行動の正しさを理解している。

ここは自己肯定感を築くうえで何より大事な所です。

勇気を育てるのは大変だし辛いことだけど、いつか世界が全く違って見えるようになるので恐怖に立ち向かっていって欲しいと思います。

コメント

  1. […] 恐怖を知らなければ勇気は存在しない 勇気とはスキルの一つだと私は考え… […]

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