成長を阻害する【正解モドキ】

哲学系記事

人が成長していく上で、考えるという行為はかかせません。

しかし、【正解】を示されてしまうと人は考えることを止めてしまいます。

「良い大学に行って良い会社に就職する」

これも一般的に正解と言われているルートですが、途中で潰れてしまったり、逆にルートから外れて成功する人もいます。

「正解は無い、あるのは可能性だけ」という話でも触れたのですが、人の行動に正解はありません。

あるのは【可能性】であって、正解と思われているものは基本的に【正解モドキ】です。

万人が上手く行くものではなく、結果が悪かったら失うものが大きい。

今回はそんな【正解モドキ】の話をしようと思います。

スポンサーリンク

可能性を潰す正解モドキ

小学生の頃、友達にウッキーというサッカー少年がいました。

とにかくサッカーが好きで、話す事はサッカーの話ばかり。

「ジーコジーコうるせえな、蝉か」

と思っていました(笑)

ウッキーは身体能力も高く【キャプテン翼】の真似をして、オーバーヘッドシュートやヒールリフトを猛練習の末にマスターするような奴でした。

そんなウッキーが不幸だったのは両親が学業に厳しかったことです。

地元のサッカークラブに入りたいと懇願しても許可が下りず、変わりに塾に行かされていました。

私がウッキーと遊べるのは塾の無い水曜日の放課後と日曜日だけです。

スーパープレイが見たくて遊ぶのをいつも楽しみにしていたのですが中学に上がる時、ウッキーは私立の中学に行ってしまったので疎遠になります。

高校の頃、プール監視員のバイトで偶然再会したのですが…ウッキーは金髪になっていてサッカー少年の面影はありませんでした。

しかし、話す話題はやっぱりサッカーで

「カーンカーンうるせえな、鐘か」

と思っていました(笑)

ウッキーとバイトをサボって遊んでいる時に見せたボール捌きは健在で

「今からでもプロを目指せるんじゃね?」

と誉めたのですが、ウッキーは

「流石にもう無理だよ」

と苦笑いしていました。

高校卒業後は自衛隊に入ったらしいのですが、自衛官時代に再会することはありませんでした。

身体能力もあり、サッカーに対する情熱は人一倍あってストイック。

私はサッカーのプロがどういうものかは分かりませんが、少なくともウッキーはプロを目指すべきだったのではないかと思います。

【正解モドキ】が可能性を潰してしまったのではないでしょうか?

もちろん、ウッキーの両親は意図して可能性を潰そうとした訳では無いと思います。

ウッキーの両親は【良い会社】で働いていました。

彼らは自分達が成功した道を息子にも歩ませようとしたのでしょう。

それが彼らにとっての【正解】だったわけです。

しかしながら【正解】は【正解モドキ】なんです。

結果論ですが、ウッキーにとってその道は悪手だった。

さらには、あったかも知れないサッカーの道も閉ざされた。

私はウッキーの両親が悪いとは思いません。

まず子供を育てたことが無い私が非難出来るものではないし、苦労や葛藤もあったでしょう。

ただ、思考停止していたのだと思います。

自分達が思い描く道が息子の最善なのだと。

【正解】に囚われてしまっていたのでしょう。

世の中は【正解】を求める人が圧倒的多数ですし、むしろ普通のことです。

しかし、何度も言いますがそれは【正解モドキ】なんです。

スポンサーリンク

隷属する思考になる【正解モドキ】

子供が「youtuberになりたい」と言った時に反対するのは、まあ当然の反応だなと思います。

youtuberって仕事の本質を理解せず、安易に有名になりたいとか楽して金持ちになりたいって動機の可能性が高いですから。

それは挑戦ではなく、本質的にはSNSで炎上するような人達と変わりません。

そんなに甘いものではないし、リスク対策もしっかりしないといけない。

実際、人生に手痛いダメージを負って消えていったyoutuberも多いですからね。

ただ、大人は成功しやすいことと失敗しやすいことを経験から学んでいるので、なんとなーく知っています。

しかし、子供は分からないんですよ。

反対される理由もよく分からないまま、【正解モドキ】だけを押しつけられ続けると次第に考えることを止めてしまいます。

【正解モドキ】はモドキと言いつつも多数の人間が上手くいく方法なので、結果的に人の言うことを聞いた方が良いという思考になってしまうわけです。

そうなると

・自分の意見に自信が持てない
・誰かに従わないと不安、他者に依存
・自分で考えない、判断は人任せ
・前列の無いことが出来ない

という状態になり自己肯定感が低くなってしまいます。

これを【隷属する思考】と私は呼びます。

こうなると理不尽に抗えず、誰かの言うことに従うだけになり、弱肉強食の社会では一方的に食い物にされてしまいます。

子供でも部下でも人を育てる時、失敗すると分かっていても自分の意志で考えて行動することを阻害してはいけません。

その変わり、しっかり監督して致命的なダメージを負う前に止めるという対応が必要になります。

まあ、言ってて難ですがスゲー大変なんですよこれ。

実際、私も部下を育てるのにはメチャクチャ神経を使いました。

ヤンチャで暴走する奴もいれば、メンタルが弱くて塞ぎこみがちな奴もいる。

一人一人に適切な対応を取るためにはよく観察する必要があります。

でも人を育てるって本来そういうもので、システム化して奴隷を生産するのとは違うんです。

隷属する思考を持たせてしまうと私の手を離れた時、精神的に自立出来ない人間になってしまいますから。

【正解モドキ】を押しつけるのではなく、【可能性】を与えて本人が考えて決断するように誘導する。

逃げ口を探したり怠惰に流れないように指導する。

そうして経験を積ませ、能力を高めていく。

このクソ難しくて面倒臭いことが人を育てるということです。

スポンサーリンク

【正解モドキ】に囚われない生き方を

「良い大学に入って良い会社に入る」

という【正解モドキ】は実際の所、大多数の人は上手くいくんですよ。

ただ、そこから先は微妙です。

「一つの会社に長く務める」

「仕事は辛くても我慢して働くもの」

という【正解モドキ】に囚われた結果、鬱になったり自殺したケースもありますから。

社会に出てから急に自分で考えることを求められることもあり、ひたすら【正解モドキ】に従ってきた人には酷な話です。

人生を一から十まで【正解モドキ】に従って上手くいくケースは稀です。

どこかで必ず【正解モドキ】に囚われない生き方に変えていく必要があります。

それはどんな方法でも構わないのですが、要するに自分で考えて道を選んでいくことが出来れば良い。

その方法の一つとして私が提示するのが哲学です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました