自分の言葉は自分に刺さる

哲学系記事

私は正直であること、善良であることが自分を救うと考えています。

誰かと話す時、自分の話は凄く重要な人物に聞かれています。

それは、自分自身です。

自分の発した言葉は自分にも向けられているんですよ。

それらは意識すること無く心の中に、塵のように積もっていく。

自分の言葉が自分を勇気づける人がいる一方で、知らず知らず自分を苦しめている人もいる。

だから発する言葉は前向きな方が良い。

今回は、そんな言葉の話です。

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悲劇思考

「自分を可哀想だと思うな馬鹿が」

「お前が可哀想なのは、お前が可哀想でいたいからだ」

ちょっと名前は出せないんですが、ある人物の言葉です。

これを言われた時、鉄パイプで頭を殴られたような衝撃を受けました。

その時の私は色々な事を言い訳にしていました。

自分は可哀想だから、自分がこうなのは仕方ない。

周りにそう思われたかったのだと思います。

思い返すと、クソダセー話です。

今の私が当時の私に会ったら、一発ぶん殴ってから同じ事を言うでしょう。

「仕方ないんだ」

「自分はこんなに可哀想なんだ」

この言い訳をするうちに、いつしか自分が悲劇の主人公であるかのように錯覚していました。

その根底にあったのは、辛い思いをした自分に優しくして欲しい、褒めて欲しいという歪んだ承認欲求です。

あー…なんだか恥ずかしくなってきました(笑)

辛い経験は格好の言い訳になります。

しかし、それは永遠には続かない。

辛い期間が終わっても、言い訳を手放したくないから「可哀想な自分」でいたいわけです。

だから

「自分を可哀想だと思うな馬鹿が」

なんですよ。

言われた時はそりゃ凹みましたが、その言葉があったから悲劇思考を克服出来ました。

優しさは人を救う時もあれば、人を腐らせる時もあります。

適切な厳しさもまた人を救うわけです。

今まで数多くの悲劇思考の持ち主に出会ってきましたが、克服させるのは一苦労です。
 
私は共感能力が無いので、私が言われたことをそのまま言うと相手は首を吊りかねません。

「これだ」という導き方が見つけられず、いまだに模索中です。

悲劇思考は麻薬です。

自分を可哀想だと思われようとすると、どんどん「可哀想な自分」に依存します。

自虐は、時に暗い快楽を生み人格を歪ませます。

それは誰からも好かれなくなる道です。

それよりも、過去なんて笑い飛ばせるように克服していくのが健全な生き方ではないでしょうか?

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無思慮な批判は心の鎖になる

「自分に出来ないことを他人に強要してはいけない」

よく言われている言葉です。

なぜいけないのか?

それは自分の中に歪んだ完璧主義を生み出すからです。

例えば、部屋が汚い人に向かって

「部屋掃除しろよ、子供じゃないんだから」

と責めたとします。

しかし、それは同時に

「自分も綺麗にしていないといけない」

という心の鎖になります。

実は自分の部屋が汚かった場合、言ってしまった手前、綺麗にしていないと都合が悪いですから。

自分の発言と矛盾しないように完璧にこなそうとして、それが出来ていないと不安になります。

自分が勝手に作り出した自分のあるべき姿と、本当の自分とのギャップに苦しんでしまうわけです。

「じゃあ、お前の部屋を見せてみろよ」

と言われた時は、どうでしょう。

そこで潔く非を認められるなら良いのですが、そうでない場合は嘘をついたりして誤魔化すことになります。

それが積み重なっていくと

「自分はこうでなければならない」

「自分はこう思うわれていなければならない」

という歪んだ完璧主義が生まれてしまいます。

人に指摘するほど人目が気になってしまうものです。

私の父親もこのタイプで、小さなことでも自分の評価を気にしてビクビクしているのが傍目から分かるぐらいでした。

仕事などで自分が出来ない事を人にやらせる事があると思います。

そういう時、人の扱が上手い人は命令するのではなく頼むんですよ。

人は協力出来る生き物です。

全員が同じ能力を持っているのではなく、それぞれに得手不得手があります。

だから完璧であることはまずありません。

他人の粗をつつくのではなく、力を借りた方が生産性が高いです。

つまらない見栄で心の鎖を増やすのか、寛容な心で味方を増やすのか、どちらが良いでしょうか?

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自分に刺さる言葉

人に辛辣にあたるほど、自分も追い詰められていく。

反対に、人に対して寛容であるほど自分の駄目な部分も認められるようになります。

駄目な自分を認められないと自分の短所に向き合うことが出来ず、改善もされないままです。

人に寛容になれないのは結構辛い生き方なんじゃないかなと私は思っています。

誰かの足を引っ張ろうとする言葉は、同時に自分の成長を止めます。

努力する人、挑戦する人を応援するから自分も同じ気持ちになれる。

誰かに発したプラスの言葉は自分をプラスに、マイナスの言葉は自分もマイナスにします。

それは一つ一つが微々たる変化なので気付き難いですが、確実に影響していきます。

このカラクリを知らないと、知らず知らずに消耗してしまうわけです。

自分自身に向けて発したくない言葉は人に言わない。

これを心得ておくだけで心は軽くなるものです。

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