ルサンチマンから超人へ

哲学系記事

今回は人によってはブチギレそうな記事です。

…が、個人的にはかなり大切なことだと思っていますし、非難も受け入れます。

ルサンチマンとは弱者が強者に対して嫉妬や憎悪、非難などのネガティブな感情を抱くことを指します。

芸能人とかYoutuberが誹謗中傷される主な原因がこれです。

ルサンチマンはデンマークの哲学者キェルケゴールが提唱した概念です。

「マン」と付くから人のことだと勘違いされがちですが、ネガティブな感情を抱くことそのものを指します。

今回はこのルサンチマンについて話していこうと思います。

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自尊心を守るための反応

金持ちや有名人など、社会的強者に対して攻撃的になる主な原因が自尊心のダメージです。

人は自己肯定感を持つために色々な要素を持っていますが、その中でも大きな割合を占めるのが自尊心です。

弱者は強者と自分を比較し、自尊心が傷つくことでルサンチマンを抱きます。

優れた存在がいると自分自身の価値が失われたように感じてしまうため、相手を否定しようとしてしまうわけです。

最近、結婚を発表した大物Youtuberと元アイドルが盛大に叩かれました。

いかにもルサンチマンで荒れそうな内容ですが、男性側の未成年に対する犯罪が暴かれて余計に燃え上がりました。

この一連の騒動から読み取れる大衆の心理は

「ざまあみろ」

です。

どっかの知らないオッサンが犯罪で捕まっても大して関心は持たれませんが、有名人だと地獄絵図になってしまいます。

まるで

「有名になるのが悪い」

「幸せになるのが悪い」

という心の声が聞こえてくるようです。

強者が痛い目に合うことで、相対的に自分が正しいと感じられるわけです。

ルサンチマンを抱くと、自ら成長するのではなく人の足を引っ張ることで自分を肯定してしまいます。

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ニーチェの言及

ニーチェのアニキもルサンチマンを引用して言及しています。

アニキの場合はかなり突き抜けた意見を持っていて

「弱者を正当化するな」

「誰しもが強者を目指すべきだ」

と説いています。

弱者を正当化する文化がさらに人々を弱体化させるとの考えからの言葉です。

現実でもフィクションでも弱者を救うことが正しいとされています。

しかし、それは弱者が自分を肯定するための願望であると、教えられた価値観ではなく自らの価値観で善悪を判断しなければならないという意見です。

周りの弱者を見て安心し、強者が倒れる様を見て

「自分は今のままで良いんだ」

と考えるのを良しとせず、自分の考えで

「周りがどう言おうと前へ進むぜ」

が正しいと言いたいわけです。

私も基本理念は近いですし、概ね同意なんですが…

歴史上、弱者を救わない国は衰退するので、私は弱者を救うべきと考えています。

一方で弱者を正当化するなという意見も理解出来ます。

若い頃の私が強者を目指そうとせず、あの頃のまま今の歳になっていたと思うとゾッとします。

多分、ニーチェは

「弱者が自らの力に頼らず、救われようとする」

ことを間違っているとし、

「強者が弱者を救う」

こと自体を否定してるわけじゃないのでは?と考えています。

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国富論

アダム・スミスが説く国富論というものがあります。

労働者が良い物を生産し、その労働者の数が多いほど国が栄えると話しています。

労働者を増やすためには人口が増える必要がある。

人口が増えるには労働者の生活が豊かにならなければならない。

労働者の収入が増えて税金が下がれば人口が勝手に増えていくと言うわけです。

日本の現状や世界の歴史を見る限り、間違いではないなと思います。

低賃金の労働者が増えると当然のように人口が減り、国が衰退していくわけです。

だから労働者の生活を豊かにしたら良い…と言いたいところですが、そう簡単にはいかないものです。

私が知る限り、強者はルサンチマンが嫌いです。

「自分で道を拓かない奴は困窮して当然だ」

くらいに思っている人が多いです。

例えば、物凄く頑張って働いて、身を削りながら残業して、その結果高い給料を貰った人がニートから

「儲かってるんだから金分けてくれよ」

って言われたらイラッとしません?

世の中の資産家がまさにそれです。

仮に彼らが弱者を救うとしたら、ルサンチマンの人ではなく強者を目指す人なんですよ。

自らの価値観と意志で強者を目指す人をニーチェは「超人」と呼びます。

超人は生産性が高いです。

ルサンチマンの人に投資する価値はありませんが、超人になら投資する価値はある。

正直、私もそう思います。

それに、超人が増えるほど国の生産性は上がりますし、ブラック企業みたいな組織で働く人も減っていきますから。

労働者が豊かになるためには労働者が超人になる必要があるんじゃないかなと考えています。

私は「ありのままの自分」というものを肯定します。

しかし、それは

「努力も成長もしなくて良い」

という意味ではなく

「周りと違う価値観でも、自分の正義を曲げる必要は無いという意味です。」

今、ルサンチマンを抱く人を馬鹿にしようとは思いません。

それだけ人生が辛いのだと思います。

ただ、ルサンチマンを捨てて強者を目指してくれることを切に願っています。

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