個人的な文章の書き方

哲学系記事

昔、仕事上で公文書や機密書類を書いていた時は

「この文章つまんねー」

と思っていました。

例えるなら電化製品の説明書でしょうか。

正しい文章は伝わりやすい反面、クソつまらない文章が出来上がります。

どれだけ意味が伝わっても読む気が失せる文章は、そもそも読まれない。

私が文章を書く上で気にしていることは

・読みやすさ
・文章のテンポ
・モチベーション

の3つです。

今回は私の文章の書き方について話していこうと思います。

感覚で書いている部分が多いので、分からない人はとことん分からない話だと思えます。

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読みやすさ

例えば、冒頭の文章を書き換えると…

私の昔の仕事では公文書や機密書類を扱っていました。その書類はまるで電化製品の説明書のようで「つまらない」といつも思っていました。正しい文章は読む人に内容を伝えやすくなりますが、その変わりにつまらない文章になってしまいます。

読む気失せません?笑

長げーし、隙間が無いから読みづらい。

文脈的に必要ない主語を盛り込んだり、一連の文だからといって繋げてしまうと…ゴチャゴチャした文章の塊になってしまいます。

私はこの文章の塊を作るのが嫌いなんですよ。

シンプルに読みづらい。

文章を読む時に一文ずつ区切ってあると、その文章について考えを巡らせやすくなります。

一方で…文章の塊を作ってしまうと、字を追うことに必死になってしまう。

塊だと内容がうまく入ってこないんですよ。

また、私は脳内で人に語りかけた言葉を文章に変換しています。

文章を書いているのではなく、言葉を文章に変換している感じです。

これは初めから文章として書くと堅苦しくなるので、砕けてとっつき易い文章にしたいからです。

一部の文章の達人を唸らせることに興味は無く、大勢の人がストレス無く読める文章を目指しています。

用語の使い方も工夫します。

「適当」という言葉は、本来の意味としては「適切なこと」という意味があります。

しかし、日常においては「雑」だったり「いい加減」という意味合いで使われるものです。

私も後者の意味で使うのですが、意味が反転する言葉は使いづらいので「テキトー」と、より後者に意味が近くなる表記をしたりします。

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テンポ

語りかける文章の書き方だとテンポが重要になります。

文法の正しさよりも、いかにして論理的に言葉を繋げられるかが大切です。

文法を気にして、自分の論理展開がつまずくようなことがあれば本末転倒ですから。

堅苦しい表現だけだとテンポが悪くなるので

「シンプルにクソめんどくせえ」

「それは人として大切な部分じゃねーですか」

などと、乱暴な言葉使いも混ぜて緩急をつけています。

アクセントをつけた方が文章のテンポが良くなります。

また、私は句読点や「…」を多用します。

これも用法を無視してテンポを良くするためです。

例えば…

「一方で…文章の塊を作ってしまうと、字を追うことに必死になってしまう。」

という上の文。

「一方で文章の塊を作ってしまうと字を追うことに必死になってしまう。」

これだとまるで早口で捲し立てているようです。

「一方で、文章の塊を作ってしまうと、字を追うことに必死になってしまう。」

これだと短い間に句読点が連続して、つまずいたようにテンポが悪いです。

そのため最初の句読点を「…」に変えて、最初はゆっくり滑り出すようにしています。

また、

「人である以上個々の力だけではなんとも出来ない」 

上の文のように、漢字同士とひらがな同士がくっついているとテンポがぐちゃぐちゃになります。

だから

「人である以上…個々の力だけでは、なんとも出来ない」

と分けるために句読点を使ったりします。

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モチベーション

私は特に意識していなかったのですが、なんやかんや毎日投稿しています。

仕事もあるから時間も限られているので、1記事あたり1時間以内で終わらせています。

だから、あんまり細けーこと気にしていると時間が無くなるんですよ。

継続して記事を書けるのは、私が物を書くのが好きだからです。

細かい文法や用語の使い方を気にして、ワザワザつまらなくする必要は無いと思っています。

・自分が楽しいか
・無理なく続けられるか
・誰かにとって価値があるか

というのがモチベーションの肝です。

物を書く時につまずいてしまう人は、細かいことを気にしすぎなんだと思います。

1記事が長かろうが短かろうが、誤字脱字があろうが、話の中身に価値があれば読まれますよ。

そして、その価値を決めるのは自分ではなく読む人です。

誰が何に価値を感じるかは投稿するまで分からないものです。

まあ、極端に読みにくいと中身を見られるまでもなく無視されるので、前述の工夫をしているわけですが…

それも、読む人のことを考えたら自然に工夫するようになっていきます。

形式に囚われるのではなく誰かに一生懸命伝えようとすること、それが大事なんだと思います。

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