「強さ」の話

哲学系記事

人は大なり小なり強さを持つものです。

それは健全なものもあれば、精神を腐らせるものもあります。

一般的に社会で見られる強さは大きく3つに別れると、私は考えています。

・論理性や合理性に基づく「論理の強さ」

・威圧、恫喝、腕っぷしの強さによる「獣の強さ」

・権力や立場で他者の力を利用する「弱者の強さ」

「論理と獣のフィールドで戦う」という記事でも説明しましたが、今回は「強さ」について掘り下げていこうと思います。

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得意な強さに依存する

それが社会で有効なほど強いかどうかは別として、人には得意な強さがあります。

多くの場合、その得意な強さに頼りきって依存してしまいがちです。

人は当初「弱者の強さ」を持っています。

子供は頭脳も腕力も非力で、大人の助けが無いと生きられません。

だから、他者の助けを自分の力にします。

しかし、いつまでも他者に依存し続けられるわけもなく、どこかで自立を覚えます。

社会に出たタイミングで荒波にもまれて、精神的に自立する人が多いです。

厳しい環境で生きるために「論理の強さ」や「獣の強さ」を身につけます。

これは、人が成長する過程で自然に起こることです。

一方で自立出来ない人もいます。

厳しい環境で自分の力に頼れないと

「他者が自分を助けるのは当たり前」

という考え方に変化します。

その状態が「弱者の強さ」に依存した状態です。

一方、社会は論理で回っているので「論理の強さ」があると大抵のことはうまくいきます。

ただ、論理に従わない人もいて、その人達の前では無力です。

声高に感情論を叫ぶ人、後先考えずに暴力を振るう人には話が通じません。

彼らに対処するには「獣の強さ」が必要になります。

しかしながら、現実から目を背けてそれを不要とし、論理に偏る人もいます。

弱さ故に泣き寝入りしても、色々と理由をつけて自分を正当化します。

それが「論理の強さ」に依存した状態です。

逆に「獣の強さ」に偏っても真っ当な社会では上手くいきませんし、裏社会でも令和の時代では微妙です。

どんなに腕っぷしが強く周りを恐れさせても、ビジネスシーンに放り込まれたら無力です。

法律が整備された現代では、力を振るうよりも論理的に考えられることが重視されます。

しかし、自分の腕っぷしに頼りきり、真っ当に働く人達を見下す人もいます。

論理で敵わないと怒ったり、暴力を振るったり、殴り合いなら負けないと論点をズラすことも。

それが「獣の強さ」に依存した状態です。

世の中で通用する強さを手に入れた時、同時にそれに頼りきってしまいます。

社会にはそれぞれの強さが通用するフィールドがあって、どれも必要な強さなんですよ。

一つの強さに依存すると、他の強さを見下したり否定するようになります。

人に頼れない人は「弱者の強さ」を見下すし、パワハラや暴力に屈する人は「獣の強さ」を見下すし、論理に屈する人は「論理の強さ」を見下します。

それは自分の弱い部分から目を背けているようなものです。

強さには色々な形があって、一つの強さがあっても社会で強いわけではないんですよ。

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哲学の強さ

人生哲学における最大の強みは、自分の弱さと向き合えることだと思っています。

哲学は真理の追究です。

そこに自分の都合を挟んではいけないんですよ。

物事を都合良く解釈していたら真理には辿り着けません。

自分が「嫌だなあ」と思う結論でも、合理性に基づいて受け入れていくものです。

そのため、私の記事はあまり人の感情に配慮していません。

読んだ人の中には落ち込む人も、腹を立てる人もいると思います。

しかし実は、私の記事は私にもグッサグッサ刺さってるんですよ(笑)

私自身もまだまだ未熟な人間です。

自分が出来ていることばかりを語るのは卑怯ですし、自分の結論を自分に突き立てながら弱さを乗り越えているわけです。

人生は強いほど幸せに生きられます。

やりたいことがあっても、人間関係が苦手なのを理由にやれないかもしれません。

チャンスがあっても、恐怖で踏み出せないかもしれません。

不幸な境遇を変えられず、我慢し続けるかもしれません。

自分のことばかり考えて、誰からも好かれないかもしれません。

私たちにとって、それは不自由で不幸です。

自分の弱さに向き合うことは嫌でしょうし、私も嫌ですよ。

それでも、幸せに生きるために向き合って乗り越えているだけです。

その合理性は哲学から来るものです。

「定年して落ち着いたら哲学を学びたい」

という人は結構いるんですよ。

しかし、それはもったいない。

今すぐ始めた方が良いです。

哲学は自分の人生と共に成長していくものなんですよ。

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「論理:6、獣:3、弱者:1」

これは私が思う理想的な強さの配分です。

社会の中で論理を重要視し、理不尽に屈せず、無駄に強がらない。

人と協力し、有害な人間と争い、どうにもならない時に助けを求める。

人生の壁を乗り越えていくのに最適な強さだと考えています。

この配分は人が置かれている状況によって変わるでしょう。

変わらずに大事なことは、「弱者の強さ」の割合を減らしながら「論理の強さ」と「獣の強さ」の割合を増やしていくこと。

そして、「弱者の強さ」を少し残すようにすることです。

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