人の箱型

哲学系記事

トマトを四角形の箱で覆ったまま育てると、四角形のトマトが出来るそうです。

人間も同じように、家庭や学校など世の中の箱の中で行動を制限されて、社会に合わせた形を作っていきます。

しかし、どんなに矯正しても…それは表向きの人格が変わるだけで中身までは簡単には変わりません。

どんなに見た目が違ってもトマトはトマトであるように、人の個性もまた個性です。

今回は、そんな人格を作る箱型の話をします。

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箱型教育

人の能力は、ある程度均一化されていた方が社会にとって都合が良いものです。

例えば、会社のスタッフを雇うときに

・頭は良いけど、字が書けない

・優秀だけど、平気で人を殴る

・革新的な考えを持つけど、言うことを聞かない

みたいな人は雇う側からは敬遠されやすいです。

その手の人材を扱うには相当な技量を必要とし、普通の人では厳しいからです。

しかし、世の中の経営者や管理職の人は普通の人が多いです。

そのため、尖っている人材よりも扱いやすい

・言うことを聞く普通の人

・絶対服従する無能な人

・素直で自我を持たない人

が、好まれます。

会社の発展は望めませんが、現状維持には十分で効率が良いからです。

だから日本の社会でも人を均一化しようとしますし、そのために箱型教育を行います。

感情的に考えると「ふざけるな」と思う人も多いでしょう。

しかし、これはなかなか合理的なんですよ。

箱型に収まりきらないほど能力の高い人は滅多におらず、大抵の人は箱型に綺麗に収まります。

野菜と違って人間の場合、箱型には能力を引き上げる効果があります。

一般常識や学問もそうですし、人間関係の対処も学びます。

人の輪の中で立ち回りを覚えることは、評価されない項目ですが極めて重要です。

個性が潰されることもありますが…箱型を突き破れずに潰される個性は、言ってしまえばその程度でしかない。

実際、箱型教育にも関わらず、突き破って活躍する人達はあちこちにいますからね。

箱型に従うも良し、突き破るも良しというのが箱型教育なので、悪いという訳ではありません。

ただ、日本の教育の問題として、箱型自体が歪んでいたりするんですよ。

人間性が劣化し続けているので、最初の箱型となる家庭が歪んでいる可能性は高くなってきています。

また、学校教育も利権や政治背景のしがらみが増え続けていますし、頭の固い組織だから不具合の改善も難しい。

日本は箱型教育の限界に来ているのではないかと思っています。

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箱型を外せない人

箱型教育の結果、箱型に依存する人もいます。

例えば

「明日から会社を辞めてyoutuberになって下さい」

と言われたら、大抵の人は不安だし何をすれば良いか分からないと思います。

一方で、嬉々として快諾し、自分で色々考えて行動する人も少数ながら存在します。

箱型に依存しているのは前者です。

これはレールの上か外、どちらが得意かという話で人の素質です。

どちらでも問題はなく、ストレスを感じない方をやれば良いだけの話です。

ただ、レールの上を走るのが得意であるにも関わらず、箱型を外そうとする人が一定数いるんですよ。

社会に出てからも箱型は続いていて、安定した会社に入って、結婚して、定年まで勤めて…という価値観があります。

その適性がありながら、それが気に入らないか、何らかの事情でついていけなくなった人達です。

しかし、箱型を外そうとすると恐怖に襲われ、先の見えない不安が常につきまといます。

自分の能力が足りなければ生きられず、箱型にいた時よりも必死に足掻く必要がある。

本来なら「生きる」とはそういうものなんですが、箱型に守られていたら気付かないことなんですよ。

それだけ箱型の安心感というものは絶大です、

レールの外を得意とする人は、不安や恐怖と戦いながら自分の力で道を拓きます。

レールの上を得意としながら箱型を外そうとする人は、同じことがなかなか出来ません。

その結果、スキルスクールやオンラインサロンに入会したり、周りの人を誘ったり、自分と同じ道を歩ませようとします。

暗闇を歩く時、誰かの後をついていったり、誰かと一緒に歩いたりすれば恐怖は薄れます。

道案内に従ったり、後ろからついてくる人もいれば不安も感じなくて済むでしょう。

でも、それは結局のところ箱型なんですよ。

箱型が嫌だから飛び出したにもかかわらず、不安と恐怖に負けて箱型に依存していたら意味がありません。

だからこそ、自分の道を歩むなら不安と恐怖に負けないようにしなければならないし、自分で道を拓くこと、失敗すれば野垂れ死ぬことの覚悟も必要です。

それが出来ないなら箱型に収まっている方が幸せなんですよ。

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箱型を突き破る人

箱型を突き破る人は、自我が強いです。

褒められることよりも、面白さや合理性を優先する傾向にあります。

個性が突き抜けているほど人からの評価がどうでも良くなり、人や集団に合わせようとしなくなります。

当然、めちゃくちゃ叩かれるんですが矯正されることはほとんどありません。

自我を通して叩かれるより、大人しく従って自我を殺す方がストレスになるからです。

要するに我慢出来ないんですよ。

だから、箱型で潰される程度の個性なら大したものではないわけです。

面白いことを求めて箱型を飛び出す人もいれば、自我を殺すストレスに耐えきれず出てきた人もいます。

自分の道を往くことは美化されますし、私もなんやかんや大事にしています。

しかし、実力が伴わないと野垂れ死ぬんですよ。

「型にはまらずに生きる」

ということは…

人生の不安や恐怖に自力で打ち勝ち、

思考を止めずにひたすら論理的に考え抜き、

死ぬほど研鑽を積み、

膨大な数の挑戦と失敗を繰り返し、

自分を信じて背水の覚悟で戦うことで初めて実用的なレベルに到達します。

それが出来なければ低迷を続けて、最後は野垂れ死ぬわけです。 

言ってしまえば箱型を突き破る人は、その道を往かざるを得ない人なんですよ。

実力が無ければゲームオーバーのハードモードです。

だから、変に個性や自分らしさに拘って、適性もない人が真似をするのは危ないです。

「個の力」なんてのは箱型の中にいても磨けるんですよ。

箱型の中で頑張れない人が、箱型の外で頑張れる保証は無い。

だから自我の強い人は、箱型の中で我慢しながら力を貯めて、限界が来たら箱を突き破って戦う方が効率が良い。

そもそも箱型に適性があるなら、そのまま留まる方が良い。

変に煽られて自分の適性を見失わないようにしましょう。

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