論理的とはどういうことか

哲学系記事

体感的に分かっていても、言語化すると分かり難くなるのが論理の説明です。

ネットで「論理とは」と調べても、今一つ分かり難かったりします。

私も論理の説明には何度か挑戦していて、今回の記事は「論理の説明ver3.5」ぐらいです。

論理と感情論、思考停止について話していきます。

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論理的であること

世の中には仕組みがあります。

それは法律とか社会システムのようなものではなく、もっと根本的なものです。

例えば、人間は高い所から落ちたら死にます。

それが嫌だろうが気に入らなかろうが、避けることは出来ません。

それは変わることがない仕組みで、死にたくなければ高い所から落ちないようにするしか無い。

不変の仕組みに従って考え、行動することは論理的であると言えます。

逆に..,高い所から落ちても死なないと主張したり、その考えから飛び降りたりするのは非論理的です。

もう少し複雑な例え話をすると、社会から大事にされるためには、大事にされるだけの条件が必要になります。

・社会の中で価値がある
・大事にすることで社会にメリットがある
・社会の中で強い力を持っている

というのが主な条件になりやすいです。

これらは時と場合によって変化しますが、概ね不変であると言えます。

この概ね不変の仕組みに従って考え、行動することも論理的と言えます。

一切条件は満たしていないけれど「自分は社会から大事にされるべきだ」と主張するのは非論理的です。

世の中には変わる仕組みと変わらない仕組みがあって、変わる仕組みを変えようとすることは可能です。

しかし、仕組みには個人の力で変えられるものもあれば、集団の力ですら変えられないものもあります。

そういった世の中の仕組みを理解して、出来る事と出来ないことを分けて考える。

論理的であることとはつまり…世界の根本的な仕組みに従って考え、行動する事です。

そのためには仕組みを正しく理解する必要があるのですが…

「こうであって欲しい」

「こうあるべきだ」

というような願望や欲望を優先してしまうと仕組みをねじ曲げて捉えてしまい、論理性を失います。

例えば、

高級料理店で食事がしたい

お金が無い

諦めるか、お金を貯めるなどの解決方法を探る

これは論理的です。

逆に、

高級料理店で食事がしたい

お金が無い

「社会格差があるのが悪い」

「一般人でも食事出来るように値下げすべきだ」

「値段を安くしろ」と訴える

これだと論理的とは言えません。

高級料理店の立場からすれば従う理由はありません。

前者は仕組みに沿って行動していますが、後者は仕組みをねじ曲げて捉えているわけです。

絶対とは言いませんが、論理的であるためには私情や私利私欲をコントロール出来る必要があります。

世の中の仕組みと自分の都合を切り離して考えられないと…後述する感情論に飲まれます。

世の中の仕組みを正しく理解し、それに従って考えることが出来なければ論理性は得られないものです。

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感情論

論理の対極にあるものが感情論です。

世の中の仕組みに従って考える論理に対して、自分の都合に従って考えるのが感情論です。

例えば、子供が「オモチャを買って」と駄々をこねるのは感情論です。

・オモチャが欲しいという欲望
・思い通りにならないことへの不満

を優先した結果、現実的な解決手段を取らずにそういった行動に出るわけです。

感情論の本質は、この【駄々をこねる】です。

自分に都合が悪いことや気に入らないことに対して、感情的に否定したり受け入れなかったりしてしまいます。

流石に大人になると分かりやすく駄々をこねることはありませんが、ベースになるものが自分の都合であることに変わりはありません。

基本的に感情論を話す人は、理屈を後付けして論理的であるかのように話します。

しかし、ベースは自分の都合なので突き詰めるとどこかで論理が破綻します。

その際、自分の都合を優先しているので間違いを認められない場合が多いです。

もちろん、論理的な人であっても論理が破綻することはあります。

ただ、それは世の中の仕組みを正しく捉えていなかったことが判明しただけなので、間違いを認めて考え方をアップデートします。

論理と感情論は、ここが大きく違ってきます。

近年の感情論の傾向としては、トレンドになっている主義主張を名乗って注目を集める…という目的が多いですね。

感情論は反発を買いやすいものですが、同時に自分と同じような都合を持つ人には強く支持されます。

支持者を集めるために感情論を使う人が多く、それは世の中の仕組みに沿うものです。

基本的に感情論で動くと上手くいかないのですが、論理に従って動くと上手くいきます。

例として、

注目を集めたい

注目される何かをする必要がある

ヴィーガニズムが注目されている

ヴィーガンを名乗って過激な言動をする

ヴィーガニズム自体は感情論ですが、注目度の高いヴィーガニズムを利用してブランディングや商売をするのは論理的…というわけです。

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思考停止

論理とも感情論とも言ないのが思考停止です。

世の中の仕組みに従う論理。

自分の都合に従う感情論。

それらに対して、思考停止はそもそも考えません。

誰かの言うことに従うという行動を取ります。

「◯◯さんが言ってたから正しい」

「なんかビットコインは儲かるらしいから買う」

「みんながやっているからやる」

といった感じで、判断を他人に委ねるわけです。

例えば、私の記事を何も考えずに鵜呑みにしていたら思考停止です。

記事の内容と自分の経験や知識を照らし合わせたりして、世の中の仕組みに合うものか、私の都合によるものか判断する必要があります。

まあ個人的には…記事を材料にして自身の哲学の足しにして貰えるのが理想ですかね。

思考停止は

・嫌なこと、不安になることを考えたくない
・考えるのが面倒臭い
・自分の考えに自信が無い

というような心理から来ることが多いです。

誰かの言うことに従っていれば不安も無いし楽だし、何より上手くいかなかった時は誰かのせいに出来ます。

しかし、思考停止の責任は自分が負うものです。

「エンジニアに転職するのが良いらしい」

と鵜呑みにして転職したとして…

結果的に労働条件が悪かったとしても、その責任は誰でもない自分にあります。

「ダマされた!」

と喚いたところで、誰も責任を取ってくれません。

基本的に思考停止はメリットよりリスクが上回ります。

どうでも良いことや自分で完結することなら感情論でも構いません。

大事なことや他人に影響を与えることは論理的である必要があります。

まあ、そのためには論理というものを理解しておかないといけません。

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