成長とは自分の価値を育てること

哲学系記事
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「成長」という言葉を良く聞くと思います。

その「成長」が何を意味するのか、今一つピンと来てない人が多いのではないでしょうか?

もちろん身長が伸びることではありません。

人としての「成長」とは何か、これは説明しなければならないと思ったので今回の話を投稿します。

個人的には今まで投稿した中で一番重要な話だと思っています。

人間性「山賊」と「僧侶」

人が持つ性格・性質を人間性と呼びます。

技術や知識のように評価しやすいものではなく、数値化も出来ず、わからない人にはとことんわからないものです。

人は自分より優れた人間性を理解出来ず、信用出来ません。

例として江戸時代の「山賊」が「僧侶」を馬鹿にする話があります。

山賊にとっては人から奪い私欲を満たす方が楽だし自分の得になるという考えを持っています。

一方僧侶は、人を助け、人を導き、心から信頼出来る仲間を作ろうとします。

人が心から協力することでより多くの物を生み出すことが出来る、人から奪うより遥かに豊かで幸せに生きられることを知っているからです。

自分のことだけしか見えていない山賊にとって、集団や社会を見ている僧侶のやっていることは馬鹿に見えた訳です。

「何の得にもならないのに人助けなんて胡散臭い奴だ」

とすら思っていました。

人は自分を基準にして他者を見ようとします。

自分が見えている世界では異質に見えることも、もっと大きな視点では合理的なこともあるんですよ。

・・・

話は変わってGoogleという会社があります。

始まりは創業者の2人と小さなガレージから始まりました。

良い物を、社会の発展になる物を作ろうとする熱意と協力によって今では世界的な大企業に発展しています。

Googleは社員に対してとにかく待遇が良い。

豊かな発想は豊かな心から生まれるという考えでのことですが、社員はよくしてくれる会社のため働こうと信頼で返します。

前述の「僧侶」のようなことを自然にやっていた訳です。

一方で「山賊」のような人間を徹底的に排除します。

利益をもたらさず、利己のために寄生し奪おうとする人間がいると組織は腐ります。

これを組織に残さないという考えは非常に合理的です。

「山賊」と「僧侶」のように人間性は様々な形で人の中に存在します。

しかし、シンプルに分けると利己か利他の2つになり、利他の方が優れていると言えます。

人間性は優れていればいるほど、大きな視点では社会や組織にとって有益な存在になります。

逆に劣っていれば、ただただ毒になる。

経歴やスキルの前に最も重要な部分なのですが、日本では軽視されがちです。

人間性は見えざる人の価値

人の心の内を覗くことは出来ません。

洞察力に優れた人間なら怒りや焦り、嘘や欲など表面的な部分を覗くことが出来ますが、心の奥の核となる人間性までは見抜けません。

しかし、人間性が表面的になるタイミングがあります。

それは行動です。

言葉では簡単に嘘をつけますが、行動で嘘をつくのは難しいものです。

例えば、困っている人がいる時の反応で

・自分には利益が無いから放置

・面倒だけど良い人に見られたいから助ける

・気になるし助けたいけど勇気が出ない

・困っているなら助ける

反応は十人十色ですが、大きく分けるとこんな感じでしょうか?

これらは如実に人間性を表します。

同じ助けた場合でも反応は微妙に変わってきます。

助けなかった場合でも同じです。

人間性を見抜くポイントはその行動の中の反応にあり、表面的な部分と照らし合わせて判断します。

個人的には信頼関係を結べそうなのは下の2つのパターンです。

行動に移せなくても人の力になろうという気持ちがあるかどうかが大切だと思うからです。

名前は出せませんが、とある組織では面接は建前で行動を観察して採用したりしています。

洞察力があれば行動ほど分かりやすい判断基準は無いものです。

・・・

スキルや知識は後付けでどうにかなるものですが、人間性は簡単には変わりません。

30代にもなると多くの人は価値観が固定されて余計に難しくなります。

初めからスキルや知識を持つ人間よりも人間性に優れた人間の方が得難いものです。

しかし、組織において能力は必要なもので、人間性を見抜ける人も少ない。

実際には人間性の優先順位は低くなりがちです。

しかし、人間性に劣る人間は組織に悪影響を及ぼします。

周囲の人間を腐らせたり生産性を落としたり、結果的に個人が生み出す利益以上の不利益をもたらすこともあります。

人間性に優れた人間なら組織のために努力し必要な能力を磨いてくれると私は思っています。

だから、私は何よりも人間性を重視して人を見るようにしています。

人間性を育てる

「若い頃の苦労は買ってでもしろ」

この言葉を最初に聞いたときは「何でわざわざ苦労しなきゃならないんだ、ふざけんな」と思いました。

歳を重ねるにつれて言わんとしていることが分かるようになりましたが、やっぱり嫌いです。

わかりづらいし「若い頃」という言葉に言う側の人間の「逃げ」を感じます。

私が言い変えるなら、

「人生は険しい道に挑め」です。

人生の高い場所を目指すなら険しい道は避けて通れないですし、その道でもがき苦しみながら経験を積んで能力を高めていくことが出来ます。

人間性を育てるうえで絶対に通らなければならない道でもあります。

険しい道を進むからこそ、努力することと信頼関係を結ぶことを覚えていける。

発展していた企業で、創業者が子供に経営を任せた途端に悪化するという事態を度々目にします。

険しい道を歩む経験は、教育では10分の1も伝えられません。

険しい道を進んで実力をつけてきた創業者と比べて、初めから高い場所にいた子供の能力が劣るのはある意味当然と言えるのではないでしょうか。

人間は楽な方向に流れがちです、それは仕方のないことでもあります。

しかしそれは、狭い世界に閉じ籠り、何者にも成れず何事も成せず、いつも何か満たされない生き方です。

それでも良いなら問題はありません。

それを良しとしないならば険しい道を進むしかありません。

今の自分の能力を越える挑戦によって成長していくのです。

人生の目標を持つということ

「夢を持って生きろ」

これも良く聞く言葉ですが、薄ら寒い綺麗事に聞こえてしまいます。

これも言い変えるなら

「人生の到達点を決めて、それを目指して生きろ」です。
 
目的も無く険しい道を進もうとしても普通は無理です。

ただ、目標があれば別です。

自分が辿り着きたい目標を決めて、その目標を目指して生きていればブレずに済みます。

「海外で仕事がしたい」「社長になりたい」「南の島で暮らしたい」「金に困らず生活出来るようになりたい」

など何でも良いです。

楽な方に進みたくなっても、それは目標へ遠回りする道です。

思いが強いほど、または合理的であるほど近道…つまり険しい道を進もうとします。

例え目標に届かなくても歩んだ道のりは経験として血肉になります。

・・・

私は「格好良いジジイになること」が目標です(笑)

白髪で髭生やして強くてマッチョで、思慮深く冷静で物事に動じない。

そんなジジイが最高に格好良いと思い、そんなジジイを目指すのが私の人生です。

若い頃にこの目標を立て、目標に到達するためには体を鍛えること、これでもかというぐらい厳しい経験をたくさん積むことが必要だと考えました。

だからどんなに辛い事や厳しい事でも必要なら飲み込んでいくし、邪魔になるものは極力除外していく。

こうしてやるべき事が定まっていきました。

なりたいものがある、辿り着きたい場所があるなら自分が進むべき道が見えてきます。

人生に目標を持つということは、自分の成長の先にあるものが何かを決めるということです。

そもそも「成長」って何だ?

今までの内容から分かると思いますが、「成長」とは「人間性の成長」を指します。

本当は最初に結論を話した方が分かりやすかったのですが、伝わり方が変わってしまうと思って最後に持ってきました。

人間性が成長していなければ人類は発展していきません。

人が皆、自分のことしか考えていないのであれば世の中は衰退し「マッドマックス」のような世界が待っています。

ここで我が国の話です。

日本は重税国家として有名ですが、これの理由はシンプルです。

政府の中に税金を集めるほど権力が強くなる派閥があり、派閥の力を強めるために税金を引き上げ続けています。

国の中枢にいる「山賊」は経済が低迷し、国家が衰退しようとも自分達の利益を優先している訳です。

結果、日本は世界初の先進国から発展途上国へ落ちる国になりかけています。

人間性に劣る人間が組織を腐らす、これは国でも同じことが言えます。

「人間性の成長」、これの大切さが分かって頂けたでしょうか。

一人でも多く伝われば良いと思っています。

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