基本的に当たり前のことなんですが、社会に生きていると忘れがちなことです。
日本は義務教育の時から周りと競い合う競争社会です。
他者との競争は日本人の心の奥深くに根付いています。
しかし、これは幸せな生き方を邪魔する鎖です。
そんなもの、さっさと引きちぎりましょう。
戦いのベクトルが違う
学生時代は学業の成績を競い合います。
それによって勝ち続けられるならまだ良いのですが、負け続けた場合は悲惨です。
上手くいかないことをやり続けることは難しい。
テストで80点を取り続けることが出来ても、常に100点の人が何人もいたら、モチベーションは下がり勉強しなくなっていきます。
100点の人達も、またその先で別の競争があり負け続ければやる気を失っていくでしょう。
私は学業を否定してるわけではなく、むしろ勉強して良い大学に行った方が良いと考えています。
私が否定しているのは他者と競うことです。
本来なら新しいことを知ったり経験したりすることは楽しいものです。
後進国の子供たちは学校に通い学ぶことを楽しいと感じています。
新しいことを学び、考えることで自分の世界が広がるからです。
彼らは他人と戦っている訳ではありません。
自分の人生を切り開く戦いをしているんです。
自分の人生をより良くすることが大切で、他人より優れていようが劣っていようが関係ないわけです。
前にどっかの記事で「やりたいことをやった方が能力向上の効率が良い」という話をしたのですが、マイペースにやることが一番モチベーションに繋がります。
ただ、好きなことでも他者と競って勝ち負けを意識するようになるとモチベーションが下がり、やりたいことでは無くなってきます。
他人との勝ち負けを気にして
「テストで良い点を取らなければならない」
と考えるよりも、マイペースに
「次はもっと良い点を狙ってみようかな」
と考えていた方が気持ちは楽だし、結果にも繋がりやすくなります。
競うべきなのは他人ではなく、自分自身である方が良いという話です。
強迫観念
私は幼い頃から学ぶのが好きでした。
学校の勉強はしたりしなかったりでしたが、嫌いだった訳ではなく他に興味のあることがたくさんあったからです。
気が向いたり興味を持った時は学校の勉強に集中したりしていました。
なぜ嫌いにならなかったのかと言うと、勉強することを強制されなかったからです。
むしろ学ぶことの楽しさを教えてくれる先生がいたので、ポジティブに捉えています。
楽しいからやってることなので成績なんて知ったことでは無く、極端に上がったり下がったりを繰り返していました。
もし、他の同級生のように「勉強しろ!」とうるさく言われて育ったら一切勉強しなかったと思います。
親にどうでも良い存在として扱われていたのが逆に功を奏する結果になりました。
人は強制されるとモチベーションを落とすわけですが、しかしそれでも勉強する人達がいます。
自分の目標として大学を目指しているという人もいるでしょう。
では、それ以外の人はなぜ勉強するのかというと「強迫観念」なのではないかと思います。
勉強しなければ…成績を下げれば怒られるから、したくもない勉強をする。
勉強する目的が「怒られない」ため。
集中出来ないまま勉強したり。
勉強してるフリをしたり、カンニングにエネルギーを割いたり。
こんな状況で能力なんて上がるわけがないです。
さらに強迫観念を植え付けられてしまうと、なんとなく
「他人と争って勝たなくてはならない」
という心理になってしまいます。
また、競争からドロップアウトすると成長することを諦めてしまい、自分を大きく見せたり偽ったりすることに力を割いてしまいます。
勝つことや大きく見られることで肯定感を得るようになり、それが他人との比較を生んでいるわけです。
もちろん、他人に勝つ事がモチベーションとなる場合もあります。
しかし、他人勝つことだけに執着すると、負けることへの恐怖心に潰れる可能性が高くなります。
それに、好きで熱中している人より高いモチベーションを発揮することは難しいので、勝ち負けよりもマイペースに高みを目指す方が楽しくいられるでしょう。
達成感を求める生き方
SNSで情報収集していると、あちこちで争いが勃発しているのを見かけます。
他人を攻撃することで得られる安心感
争いに勝つことで得られる優越感
これらは一過性のものであるため、際限なく求め続けて泥沼に陥ります。
不必要に他人と争っても得る物はなく、自分のメンタルが削られるだけです。
戦うべきは自分自身で、自分の人生を切り開く戦いをした方が建設的です。
不安に思ったら他人を攻撃するのではなく、自分の能力を伸ばすことに力を割く
他人に勝つ優越感を求めるのではなく、目標に到達する達成感を得る。
その方が遥かに先へ進めるようになります。
具体的にやることや目標が見つからない人は、とりあえず筋トレと外国語をオススメします。
自分と他人を比較することはデメリットばかりで、しかもそれは植え付けられたものです。
人を勝ち負けで見なければ、参考にしたり、協力したり、助けを求めたり、反面教師にしたりすることが出来る。
泥沼に落ちないように達成感を求めて生きましょう。
コメント
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