偏見を持つほど失うものがある

哲学系記事

私は一般人から「オタクだ」と言われ、オタクからは「オタクじゃない」と言われる消極的コウモリ野郎なんですが、そこから来る知見の話です。

今回の話は、無理に偏見を無くしましょうという話ではありません。

差別に繋がりますし良くないことは良くないんですが、全ての立場に立って平等に考えない限り必ず持ってしまうものだからです。

「神」以外は基本的に無理です。

人は生きてきた環境から自分の世界観を構築するので、偏見や差別意識もその中に生まれます。

これを書いている私自身も偏見を捨てきれなかったり、または無意識に差別的に考えてしまっていたりします。

ただ、偏見について知れば少しは減らせるようになるかなという話です。

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面白いものすら遠ざける

私はアニメや漫画も見るしアニソンを聞いたりもします。

恥ずかしがる必要もないし隠そうとも思わないです。

面白いものがあるのに非合理的な理由で遠ざけたり、それについて話せない方が嫌です。

私は映画も見るし、海外ドラマも見るし、歴史小説やミステリー小説も読むし、哲学書や実用書も読みます。

最近読んでるのはインドネシア語の教本です。

音楽なら邦楽も洋楽も、クラシックもロックもヘヴィメタルも民族音楽も聞きます。

最近はスキレットの「Feel Invincible」がお気に入りです。

要するに「面白ければ面白い」し「気にいったなら気にいった」なんですよ。

さらに言うと、作者やカテゴリーというものは「期待感」があるだけで、好きなのは「気にいった作品」単体です。

「Feel Invincible」は好きだけどスキレットが好きな訳ではありません。

人と話している時に音楽の話になって、

「クラシックだとビゼーのファランドール」

って話すとスゲーってなるのに

「アニソンだとギャングスタのRenegade」

って話すと露骨に嫌な顔をされたりして

「わー、めんどくせー」って思うことが度々あります。

私はクラシックが意識高いともアニソンが意識低いとも思わなくて、どんなジャンルでも片っ端から触れていけば琴線に触れるものがあるはずだと考えています。

しかし、気に入った曲がアニソンだと分かると態度を豹変させる人がいるように、結局のところ作品の魅力以外のところで否定しているんですよね。

本当は面白いものを無理矢理遠ざけるという、物凄くもったいないことをしてるわけです。

まあ、こんなことは私が話さなくても分かりきってることだと思います。

では次に何故偏見を持つのかについて話していこうと思います。

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偏見を持つ1つ目の理由

私が自覚している中で強烈な偏見は「恋愛モノ」です。

ある時からJ-POP市場は「恋愛モノ」一色になりました。

アーティストが人生で得てきた経験や哲学を曲にして演奏するという行為そのものが好きだったんですが、似たような恋愛ソングばかりになって非常に落胆しています。

また、興味が無いし面白いとも思わないのに、来る日も来る日も恋愛映画や恋愛ドラマを見せられていた時期があって軽くトラウマになっています。

これらの経験から「恋愛モノ」に触れるとゲンナリするので嫌いです。

意外な反応をされるのですが、BL(ボーイズラブ)に対しては偏見がありません。

私の性癖は至って普通なので1ミリも興味無いのですが、ゲンナリするほど嫌な思いはしていないからです。

むしろ、全く理解出来ないから腐女子がどういう心理で好きになるのか気になってすらいます。

一度、カミングアウトしてきた人に興味本位で質問したら、全力で布教されて「うわああああ!」ってなったことがあるくらいです(笑)

ここまで話せば分かると思いますが、偏見を持つ一つ目の理由

それは「嫌な思いをしてること」です。

例えば、男性に対する偏見や女性に対する偏見を持つ人に話を聞くと、高確率で嫌な思いをしてたりします。

人ってカテゴリーを見て判断しがちなんですよ。

嫌な思いをしたのは単体なのに、それが属するカテゴリー自体が嫌いになったりします。

最近だとUberEatsで嫌な思いをした人がUber自体を嫌いになったって話を耳にしました。

嫌なカテゴリーを遠ざける…これは生物の本能です。

ライオンに襲われたら、次からはライオンを見たら逃げますよね。

良いライオン、悪いライオンなんて判断つかないですから。

それと全く同じことです。

この偏見を無くすには、嫌な思いをしたカテゴリーに歩みよって何度もポジティブな経験をするしかありません。

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偏見を持つ2つ目の理由

いきなり気持ち悪い話をしますが、カニバリズム…人間を食べることは日本人からしたら狂気の沙汰です。

でもこれは我々の世界観から見た話です。

モアイで有名なイースター島では昔、王が力を得る儀式として人肉を食べていました。

当然、彼らの世界観では当たり前のことなので誰も変だとは思いません。

前にも世界観の話を投稿しましたが、世界観が違うと否定したりされたりしがちです。

世の中には無数の世界観があるにも関わらず、基本的に人は自分の世界観が正しいと思っています。

自分の世界観がカチカチに固まってしまうと他の世界観が理解出来なくなります。

偏見を持つ2つ目の理由はまさにこれで

「理解出来ないこと」です。

ちょっと前にある芸能人が筋トレをバカにして話題になりました。

分かりやすい偏見だったのですが、その偏見の理由について

「マウントを取りたいだけ」
「人を攻撃したいだけ」

とのコメントを目にしました。

それもあるのかも知れませんが、偏見となる根本的な原因は「理解出来ない」ことです。

例えば、自分が好きでやってることに対して

「やる意味が分からない」

なんて言ったりはしないでしょう。

トレーニーなら筋トレの効果や影響を理解していますが、筋トレに打ち込んだことがない人には訳の分からん行為だったという話です。

理解の出来ないものを見下したり、排除したりする人は結構いるものです。

集団になるとその傾向はより強くなります。

理解出来ないから見下していたものが、

「周りの人が見下してるから」

という共感能力による補正効果でブーストされていきます。

オタク文化に対する偏見も最初は理解出来ないことから始まりました。

ある時メディアが「犯罪者予備軍」という偏見を流し、共感能力によって蔑視する風潮が爆発的に広がります。

今では理解が進んで大分ゆるくなりましたが、未だに名残は残っています。

さて、この「理解出来ないこと」に対して偏見を持たないようにするのは簡単です。

理解出来ないことについて知ろうとすること、ただそれだけです。

自分で考えても分からないなら調べたり、話を聞いたりすればいい。

興味を持つか理解した時点で偏見ではなくなります。

ほんとそれだけなんです。

しかし、なぜか知ろうとせず全否定してしまう人が多いので、皆さんの周りにもそういう人がいたら

「何も知らないのに偏見を持ってはいけない」

というパワーワードを柔らかく伝えて下さい。

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偏見のデメリット

まず、最初に挙げた面白いものを遠ざけるということも含まれるのですが

「本質を見失う」

という強烈なデメリットがあります。

今のご時世だとアメリカ人や中国人を嫌いな人が多いと思います。

やってることを考れば、その気持ちはよく分かります。

しかし、私は実際にアメリカ人や中国人と会って良い奴がいることも知っています。

逆に日本人に嫌な奴がいることも。

単体だと国も人種も関係なく良い奴は良い奴、嫌な奴は嫌な奴という当たり前の話なんですが、カテゴリーで見ると個人の顔が見えなくなり頭からすっぽぬけてしまいます。

本質を見失うと本来良好な関係を築けたかもしれない人や物を遠ざけてしまう。

これは目に見えない大きな損失です。

また、もう一つのデメリットとして

「創造性を失う」

ということがあります。

偏見は世界観の違いと思考の固定化の合わせ技です。

それについて知ろうとせず、それから得られる物を失い世界観が広がらなくなります。

新しい物を生み出し難くなるということはクリエイターにとっては致命的ですし、それ以外の人についても人生を閉塞させる原因になります。

なるべくで良いので偏見を持たないようにしましょう。

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