哲学と筋トレが凡人を賢者に変える

哲学系記事

私が哲学と筋トレを普及しようとする目的は、国を良くしようとする私なりのアプローチです。

ボロボロになった国がここから変わっていくには国民が変わっていく必要があると結論を出しました。

どう変わる必要があるかというと

●誰が見てなくても善良であろうとする
●騙されないように考える力を持つ
●困難に立ち向かう心の強さを持つ

この三点を埋めるものとして哲学と筋トレが有効だと考えています。

さて、今回はその理由を話していこうと思います。

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国民の代表

国を動かしているのは誰か?

官僚は政治家の意思で動きます。

そういう仕事だからです。

多くの政治家は、大企業や資本家、他国の意思で動きます。

お金を持っているからです。

資本主義と呼ばれるように資本を持つものが優先されます。

日本の経済がどんなに低迷するとしても、資本を持つものに有利な法案が通ります。

最近だと水道の民営化がそうですね。

じゃあ、政治家が悪いのか?

悪いことは悪いですが、しかし政治家は選挙で選ばれます。

選んだのは国民です。

国民は不祥事などで政権に怒りをぶつける時もあります。

しかし、直後に必ず芸能人などのスキャンダルが起きてメディアは不祥事を報道しなくなります。

この流れが不自然だと考える人がどれだけいるでしょうか?

国民が考えなくなってから、政治家はやりたい放題になりました。

公約は守らない、公文書は都合良く無くなる、年々増え続ける税金と使途不明金、癒着して中抜きされてスカスカの公共事業などなど。

そんな人達が国民の代表です。

では、他の人なら良かったのかというとそうではないでしょう。

何をすれば良いのか分からず人任せにしたり、金儲けに走ったり、今の政治家とそんなに変わらないと思います。

我々は国を動かせる、善良で思慮深く困難に立ち向かえる人間を育てなければいけません。

そのためには国民が若い世代の手本になるぐらいの人格者にならないといけない。

これは物凄くシンプルな話です。

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哲学が人に思慮深さを与える

哲学者は必ずしも生まれつき知能が高いわけではありません。

膨大な探究を繰り返した結果、導き出した「答え」をいくつも持っています。

新しい疑問が出来たときは「それまでの答え」もまた材料にして「新しい答え」を見つけます。

思慮深さとはその積み重ねです。

どんなに知識や経験を蓄えても、それだけで思慮深くはなりません。

知識や経験は考えるための材料です。

思考して結論を出す作業を繰り返すと、考えることに慣れて思慮深くなります。

考えることに慣れれば、難しいから拒否していたことが理解出来たり、出来ないと思っていたことの筋道が見えるようになり出来るようになります。

また、思慮深い人の発言にはオリジナルの色が出ます。

知識をコピー&ペーストした発言や文章では出せない色です。

それは魅力と言い換えてもいい。

人としての深さはどれだけ思考を重ねたかが鍵です。

それは善性につながっていきます。

前に「サイコパス」の話を投稿しましたが、頭の良いサイコパスのように思考するほど善である必要性が理解出来ます。

人は1人で生きるなら獣と同じように欲望に忠実でも構わない。

しかし、集団の中で生きるなら善良であろうとすることが必要になります。

ヤクザのような反社会的な組織でも義理や人情のような善性が存在するくらいです。

しかし、評価されるからと善良のフリをするのは得策とは言えません。

偽善とは思考しない善だと私は考えます。

思考しない善は悪人にとってただのカモです。

善良のフリをするから行動が制限され、思考しないから悪意を見破れず、欲望が強いからつけこまれる。

それはデメリットしか生まず、その労力を払うなら思考を重ねて善に近づいた方が何倍もマシです。

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筋トレが哲学を支える

人間の脳は体全体で消費されるエネルギーの内の30%を必要としています。

体にエネルギーが無くなると思考力が無くなるのも当然のことです。

考えるためには大量の酸素とエネルギーを脳に送る必要があり、それだけ血流を良くしないといけません。

筋トレをすると血流が良くなります。

特にふくらはぎにある下腿三頭筋は、脚に落ちてきた血流を再び押し戻すポンプの役割を果たすので重要です。

筋肉を鍛え体を動かせるようになるほど血流は強化され、脳の考える力を支えます。

また、思考は自己肯定感を高めていかないとネガティブな方向に進みます。

自己肯定感を高めるほどポジティブにもネガティブにも中立的にも考えることが出来るようになります。

自己肯定感を高めるのに筋トレは非常に有効です。

誰に認められずとも自己肯定感を保ち続けられる最強の方法です。

哲学という真理の探究にとってこれほど心強い相棒はいません。

さらには脅しや誘惑に屈しないメンタルも手に入るので、これからの時代は筋トレが大きな役割を果たすと考えています。

哲学に筋トレを合わせることで強力な思考を手に入れることが出来ます。

思考を重ねた先に到達した人々が賢者と呼ばれているのです。

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