「寂しさ」という呪いを解く

哲学系記事

私は自己完結する人間なので、1人でいることが苦痛ではありません。

打ち解けた人間、気の合う人間と別れる時は瞬間的な寂しさを感じますが、信頼関係の余韻として楽しむことが出来ます。

世の中には慢性的な寂しさを抱える人がいて、人と関わりを持たないことに苦痛に感じたりします。

苦痛から逃れようとして変な行動をとる人をよく見かけますが、端から見ると幸せとは程遠い生き方です。

これは寂しさという呪いなのだと思います。

老齢になってしまうと克服することが出来なくなります。

出来るだけ早く多くの人が気づけるように今回の記事を書きます。

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承認欲求を克服出来なかった人

私の父親は自衛官でした。

私は幼少の頃から家族とは疎遠なので特に影響を受けていないのですが、私が自衛隊に入ったとき

「あいつは俺の背中を見て育った」

と言われているのが鬱陶しいと思った記憶があります。

父親は自衛隊を退官後、人付き合いがほとんど無くなりました。

自衛隊という組織にいると人と関わりがあります。

上下関係が強く、上に行くほどヨイショされて人間性が育ちにくい場所です。

三等陸佐だった父親にとっては、おだてられ見上げられる気持ちの良い場所だったようでいつも自慢話をしていました。

父親は人を見下したり馬鹿にしたりするうえに「自分は絶対に正しい」というスタンスのワガママな人です。

退官後まで父親の相手をする人はいなかったのでしょう。

しかし父親は「自分は凄い人間」「自分は周りから尊敬される人間」という思い込みが強く、人からの尊敬に飢えていました。

家族や近所の人、親戚などに何度も何度も

「俺は自衛隊の凄い幹部だった」

「周りから尊敬されていた」

「俺がいなければ自衛隊は駄目だった」

という話をするようになります。

笑ってしまうのが、父親が落とした財布を届けてくれた若者に3時間以上自慢話を聞かせてウンザリされたというエピソードもあります。

父親は承認欲求を克服出来なかった人間です。

承認欲求を満たす立場を失った瞬間に、寂しさという呪いが父親を襲いました。

かといって自尊心も強く

「俺が孤独になるのはおかしい」

「こんなに凄い人間がいるのに、なぜ話を聞かない?」

「周りの人間は見る目が無い奴らばかりだ」

と自分の非を認めることが出来ず、今も呪いに蝕まれているようです。

相手にしてくれる人を探して、私の部隊を何度も訪問して自慢話を他人に聞かせたりと迷惑をかけることもありました。

一時期は私に対しても

「どうせ貧乏で底辺の暮らしをしているんだろう」

「仕方なく養ってやるから帰って来い」

という内容のメールを日に何度も送ってきたりしていました。

私は共感能力が無く、家族とは信頼関係も無いので他の人が持つ「家族」の感覚がありません。

感覚的には知り合いのおじさんです。

大して仲良くもないし、人間性が未熟な知り合いのおじさんの相手をするメリットが無いので放置しています。

承認欲求を満たせなくなった末路は悲惨です。

承認欲求を満たす行為に終わりはなく、満たせなくなった時に地獄が始まります。

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人に気に入られようとしてきた人

私は若い頃から爺さん婆さんを寄せつけやすい体質です。

警察官になる前、金が無い頃は知らない爺さんの話を聞くと飯を奢ってもらえるので色々な爺さんの話を聞いていました。

彼らは決して悪い人ではありませんが、やはり寂しさという呪いに蝕まれています。

話を聞くと彼らは真面目に大人しく人の言うことに従って生きてきた人間です。

彼らの考えの根底にあるのは

「人に気に入られること」

「自分の存在を受け入れてもらうこと」

が正しいというマインドです。 

残酷な話ですが、普通の人は気に入られようとしてへりくだる相手に魅力を感じません。

無意識に見下すからです。

私の父親のように自尊心の強い相手なら従属の関係でうまくいきますが、大抵の人には価値を認められません。

会社などの組織から抜けたら孤独が始まります。

私のようなどこの馬の骨ともわからない人間に飯を奢ってでも人との繋がりを求めてしまう。

やはり、自分の存在を人に認められるという承認欲求を克服出来なかったタイプの人達です。

人に嫌われたり対立したりしたとしても自分の考えを持ち、自分の意見を言う人にならないと他者から軽視されます。

人間性が成長していけば自然体で認められるような人間になれます。

肩書きや立場というのは大きな武器です。

私は積極的に使っていくべきだと考えています。

しかし、名も無き1人の人間として考えたときに自分にはどれだけの魅力があるのか。

その魅力が無ければいつしか人は離れていき、寂しさという呪いに蝕まれます。

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精神的な自立

人と信頼関係を作ることはとても大切なことです。

しかし、本当に信頼し合える関係を作るためには自分自身が精神的に自立している必要があります。

意識して自立しようとしない限り、人は無意識に誰かに依存しています。

例えば、友達とどこかへ出かけるとします。

自立した人は自分でルートや時間を調べます。

依存している人は誰かに車を出してもらおうとしたり、誰かが行き方知っているだろうと他人をあてにします。

自分1人なら行き方を調べたりするでしょう。

しかし、他の人がいる時でもそれが出来ないと自立しているとは言えません。

要するに、自分1人でもなんとかなるように常に行動している人が自立していると言えます。

自立に必要なことは、他人からの助力や評価をベースに生きるのではなく、自分の行動で自分からの評価を高めるように生きることです。

かといって、中二病のように妄想で「自分は凄い奴」と思いこもうとすると私の父親のような人間になります。

やり方は人それぞれですが、最も確実なのは「武士道」の生き方です。

誰に見られていなくても卑怯なことはせず、自分の力で正々堂々と生きる。

精神的な自立にはこれほど最適な方法は無いと思います。

自分が存在するために他者が必要無いからこそ、依存せずに人と信頼を結ぶことが出来る。

1人でも人生を歩める人間に、人は集まるのです。

もう亡くなってしまいましたが、北関東の山奥に住む仙人のような爺さんがいました。

私が会った時は既に70を越えていましたが、目には光があり、言葉には力があり、思慮深く魅力に溢れた人でした。

渓流のイワナ釣りで出会ったのですが、不思議と見かけたら話しかけたくなる人です。

他の釣り人もそうらしく、見かける時は大体周りに人がいました。

「魚が逃げるだろが」と人を追い払ってる様子を見たことがありますが、それでも人が集まってしまいます(笑)

精神的に自立し、自分というものをしっかり持っている人は老齢になっても魅力に溢れているようです。

周りに人がいてもいなくても寂しさという呪いとは無縁です。

私も願わくば、その爺さんのような歳の重ね方をしたいものです。

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