「嫉妬」という視野狭窄

哲学系記事

人は自分の価値を見知った人と比較して決めてしまいがちです。

特定の分野で自分より優れている人がいると自分の価値が下がったように感じてしまうため、嫉妬が起こります。

嫉妬は憎しみに近いため攻撃的になり、自他共にトラブルの引き金になります。

世の中には不快に思うことが多々ありますが、嫉妬の感情を「不快」と表現する人も多いです。

嫉妬を不快として人を叩いていたら世の中から面白いものや素晴らしいものが生まれなくなってしまいます。

今回は嫉妬と不快の感情について話していこうと思います。

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自分が他人に嫉妬している場合

人間である以上は嫉妬からは逃れられないものです。

ただ、細かく分析していくと人そのものではなく何かの要素に対して嫉妬している事が多いです。

容姿、才能、人気、立場などなど。

金持ちに嫉妬している時は自分も金持ちになりたいと思いますが、金持ちの人そのものになりたいとは思わないでしょう。

美男美女に嫉妬する人は外見はその人みたいになりたいと思っても、中身は自分のままでいたいはずです。

人そのものに嫉妬している状態というのは、その人が極めて優れた人間であるか、嫉妬している人の自己肯定感が極めて低い状態に起こるので稀なことです。

嫉妬というのは特定の要素に対して持っているだけで、その要素は人生の全てではありません。

人の価値は容姿や才能や立場だけで決まるものでは無いからです。

何に価値を見いだすかは人次第なので、自分の価値を一つの要素に絞って考える必要はありません。

一つの要素で不幸になるって状況は実はあまりないものです。

昔、明らかに不細工な先輩がいましたが、努力家で性格が良いから人に好かれるし信頼もされる。

昇進も早いし可愛い奥さんと結婚しました。

逆にイケメンだけど物凄いクズのショートムービー配信者につい最近出会いましたが、リアルではめちゃくちゃ嫌われてました。

私も二度と関わりたくないと思いました。

人間は多様な要素から成り立っています。

一つに拘らず、色々な要素を伸ばしていけば良い。

他人に嫉妬する要素は一部分に過ぎず、自分の価値に多様性を認めることで嫉妬をしなくなります。

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他人に嫉妬される場合

人間性が未熟だと他人に嫉妬されることに快楽を得たりしますが、嫉妬されることはマイナス面が強いので出来る限り避けた方が無難です。

美男美女が精神を病みやすいのは、他人から嫉妬による攻撃にさらされ続けるからです。

上位の富裕層からすれば嫉妬によって危害を加えられるリスクがあり、メディアに顔を出さず金持ちアピールもせず、我々のような身辺警護員を雇ったりします。

要するに「本物」は嫉妬されることを喜ばないんですよ。

彼らは意図的に自分の存在を隠したり、自分を落としたりします。

知られなければ叩かれることもないので表に出てこなかったり、表に出ざるを得ない時は自分を良く見せようとはしません。

賢い人は自分の弱点を用意して、意図的に見下されるようにします。

見下される要素があると嫉妬する人の溜飲が下がります。

仮に用意した弱点を攻撃されても対処が簡単です。

まあ、なによりも変に気取らないのが一番の対策になったりします。

わざわざマウントをとったり、無駄にアピールしたりすることはデメリットを生みます。

ビジネスにおいて名が知れることは有力ですが、「ブランディング」は承認欲求が絡むと失敗しがちです。

人目を引くときは冷静に慎重に行動しましょう。

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「不快」と「嫉妬」を分ける

嫉妬の感情を不快と表現するのは、「不快」というワードにある種の正しさを感じるからです。

不快なものは叩かれやすく、逆に不快であれば叩いて良いという風潮があります。

「嫉妬」で叩けば自分に非があるから「不快」に変えて叩くわけです。

これは意図的にというよりは無意識にやっているのだと思います。

例えば、食べ物を粗末にしているのが不快というのは理解出来ます。

食べ物を粗末にした有名人を執拗に叩くのはもう嫉妬ではないでしょうか?

性格の悪い美男美女が傍若無人に振る舞うのが不快というのは分かります。

ただ単に美男美女が人気なのが不快ってのはただの嫉妬です。

嫉妬と不快をごっちゃにすると何でもかんでも叩くようになるので良くないことです。

嫉妬と不快は明確に分ける必要があります。

また、不快感を抱くのは価値観によるものなので、ある程度は仕方ないことです。

生きていれば不快にすることも不快にされることもあるでしょう。

ただ、欲望に起因する行為は不快感を与えるだけでなく自分の価値を下げるので露骨にするのは控えた方が良いです。

特に性欲から来る行動は大体気持ち悪がられるので気をつけましょう。

最近会った思慮深い人が面白いことを言っていたのですが

「自分の両親が言ったら気持ち悪いと思うようなことを人に言ってはいけない」

「行動も同じ」

との言葉を聞いて、なるほどなと思いました。

両親が趣味の話をいくらしてても気持ち悪いとは思わないが、性欲から来る話をしたり行動をとっているとキツイとのこと。

まあ私は両親に対して特別な感情を持っていないので何とも言えないのですが…

例えば、一回りも二回りも歳の離れた若い子に執拗に迫ったり性欲をぶつけようとする人がいたら、受け手側からすれば確かにキツイと思うでしょう。

実際、そういう場面を目撃した時は私も目を背けたくなります。

それは嫉妬ではなく単純に不快なのでしょう。

欲望から来る行動で無駄に不快感を与えるのは嫉妬と同じくらい叩かれる行為なので、自省の心が必要だと思います。

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