論理的思考を阻害するもの

哲学系記事

論理的思考の大切さは社会に生きる人なら実感していると思います。

交渉や議論の場など、ビジネスの世界では論理的であることが求められます。

人はロボットと動物の間に位置する存在であると私は考えています。

ロボットと違って合理性の中にも感情があり、動物と違って欲望を自制出来るからです。

論理的であるということ、感情があるということは人を人たらしめる要素です。

しかし、感情は生まれつき持っているものですが論理的思考は意識しないと得られないものです。

今回は、その論理的思考について話していこうと思います。

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論理的思考とは何か

簡単に説明すると、物事を筋道立てて考えることです。

例えば、あるブランドの服が流行ったとします。

なぜ、流行ったのか?

・出来が良い
・デザインが良い
・世代ウケが良い

という理由を考える人もいるかも知れません。

しかし、流行は大体誰かが作っています。

企業とメディアが組んで「今年の流行」としたり、影響力のある人物が着ていたり紹介したりして流行が起きます。

共感能力の要素の一つ、人と同じであろうとすることを上手く突いて流行らせるわけです。

流行は共感能力によるもので、大抵の場合はそれを意図的に操作した人物がいるから流行っただけで、その物自体の価値は高くない。

論理的な人間が流行に乗らないのは、これを理解しているからです。

物事には原因と結果があり、結果から事実をもとにして原因を探る、または原因となる物を起点に情報を集めて結果を予測する。

これらは一例に過ぎませんが、論理的思考とはこういうものです。

客観的事実から因果関係や根拠を踏まえて答えを出すわけです。

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屁理屈

論理の反対にあるものが屁理屈です。

理屈が通ることを正しいと判断されがちですが、実は理屈をつけようとすれば何にだってつけることが出来ます。

例えば

「車は早い方が良い。移動手段である以上スピードが早い方が効率が良い。」

「車は遅い方が良い。人によっては事故を起こすし、スピードが出なければ事故の死傷者も減る」

ちょっと雑で苦しいですが、一応どちらも理屈が通ります。

屁理屈であっても理屈を通すことは、そんなに難しくありません。

では、論理と屁理屈の何が違うのか?

個人的には、論理と屁理屈を分けるものは起点にあると考えています。

客観的な事実を起点とする論理に対して、屁理屈は欲望や感情が起点であるから筋が通らないという考えです。

昔付き合っていた彼女が浮気をしていました。

その言い分が変わっていて

「浮気をするのは悪いことではない」

「それは私の価値観だから多様性を認めるべき」

「他人の価値観を認められない貴方が悪い」

というものでした。

私は質問します。

「では、私が浮気をしても問題はないのか?」

「価値観を認めるならお互いに譲歩すべきでは?」

彼女は答えます。

「それは貴方の価値観ではないから浮気をしたら許さない」

「貴方の価値観は浮気をしないというもので、私の価値観は浮気をするというものだから何も問題ない」

流石に別れました(笑)

まあ、話し合いを要約するとこんな感じです。

無茶苦茶で筋が通っていませんが、理屈にはなっています。

彼女の理屈の起点は

「自分は浮気をしたいが相手には浮気をされたくない」

という感情と欲望です。

それをベースにして後から理屈をつけたのが、前述の意見だったわけです。

客観的な事実を起点とするならば

「浮気は社会通念上は好ましくない行為であり、少なくとも相手の同意が必要である」

から始まるのではないでしょうか。

極論を挙げれば、感情を起点とした理屈に筋が通っていて合理的なこともあるでしょう。

仮にそうだとしても感情に後付けした理屈である時点で論理的ではないと考えています。

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自己の正当化

人は自分が間違っていると思うことにストレスを感じます。

間違いを受け入れるという行為は、ある程度メンタルが強くないと出来ません。

自己の正当化をすればするほど、間違いを認められない思考になってしまいます。

95%自分に非があることでも残りの5%から自分の正当性を主張するようになります。

それは論理的とはほど遠い思考で、仕事や人間関係に支障をきたします。

自尊心の強い人や負けず嫌いの人が自己の正当化をするとは限りません。

自尊心が強い人には、自分の駄目な部分も踏まえて自分を大切にする人もいれば、自尊心を守るために間違いを受け入れられない人もいる。

負けず嫌いの人には、負けを受け入れて猛烈に努力する人もいれば、理由をつけて負けを認めない人もいます。

自己の正当化をしてしまう人は

・メンタルの弱さ
・自己の正当化を助長する思考

の二点が原因であると考えています。

これらを克服するために効果的なものが、みんな大好き筋トレと哲学です。

メンタルの強さと客観的事実をベースに考える思考か手に入りますから。

自己の正当化は論理的思考を阻害する最大の要因となります。

年齢を重ねるほど克服するのが難しくなるので、気がついた時に間違いを受け入れる努力をしてみると良いかもしれません。

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