なぜ人は、人に気に入られたいのか?

哲学系記事
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自分自身の価値を持って人生と戦うようになると、他人に気に入られるかどうかはどうでもよくなります。

しかしながら多くの場合、人に気に入られることを正しいとする価値観が根付いています。

「他人の目なんて気にするな」

よく聞く言葉です。

まあ、その通りなんですが…言うは易し行うは難しです。

他人の目を気にしないためには自分を正しく認識する必要があります。

そのために今回の話をするのですが…

最初に釘を刺しておくと、人は自分のことを都合良く考えがちです。

他人に気に入られようとする意識が強いと、自己分析ですら他人の目を意識するからです。

本気で自分を変えようとするなら多少なりとも自分に対して辛辣になる必要があります。

今回は、他人の目を気にしない生き方を望む人が、まず自分を見つめ直すための話です。

困難を避けて来た人の承認欲求

近年では散々言われている承認欲求ですが、本来は地味に複雑な意味を持ちます。

が、それを説明したところで誰も得る物が無いので

・名声
・優越感

に絞って話をします。

名声は最も分かりやすい承認欲求だと思います。

これを強く求める人は、自分を誇れるものが無い人です。

虚勢や嘘で自分を大きく見せていないでしょうか?

どんなに自分を良く見せても、自分自身は本当の自分を知っているので常に不安がつきまといます。

名声は結果の副産物です。

名声を求めるなら地道な努力を積み重ねること、失敗を恐れず挑戦することが一番です。

そして、それが出来る人は名声がどうでもよくなります。

優越感を求める人は、他人より優れていると思いたいという願望があります。

それは裏を返せば他人より劣っているかもしれないという不安を抱いているということです。

着実に積み上げてきた物が無く、うまくすり抜けるように生きてはいないでしょうか?

また、何かに打ち込んでいたとしても、その中で自信を持てるほど真剣にやっていなかったのかも知れません。

本気で打ち込んで自分の壁を破ってきた人は、承認欲求に囚われることはありません。

戦うことを諦めている人

上を目指したり、自分の力で何かを成し遂げることを諦めてはいないでしょうか?

それが当たり前になると権力やヒエラルキーの高い人に従い、気に入られて生き延びようとしてしまいます。

虎の威を借りることに力を求めたり、下手に出て守って貰おうとしたり、逆に自分を助けろと高圧的に要求したりする場合もあります。

要するに誰かに庇護される生き方です。

この生き方って他人に左右されるからストレスが溜まるんですよ。

何かをするにしても自分の意志では動かせず、誰かにやってもらうのを待つことしか出来ない。

やってもらえないことに不満を募らせたり、物事が思い通りにいかなくてイライラしやすい。

交渉が下手な人は対等の立場から話さず、下手に出て気に入られようとします。

戦わずに最初から降伏して、悪くされないように懇願している訳です。

気に入られるために従順になっていると自尊心を失います。

失った自尊心を取り戻そうとして何かに依存したり、誰かにマウントを取ったり攻撃したりするようになります。

人生の目標を抱くことが自分を守ることに繋がるのですが、その本質を理解していない人は多いです。

相手を手に入れたいという欲望

名声や人脈のある人物、気になる異性、自分を装飾するような人…などなど。

欲望でも人は相手に気に入られようとします。

自分をアピールして相手を手に入れようとするか、相手に尽くして気に入られようとするか。

どちらにせよ自分の都合で自分の欲望を満たすために相手を手に入れようとしているわけです。

まあこの部分は生物としての本能なのかもしれませんから否定はしません。

しかし、世の中はそんなに都合良くいかないものです。

例えば好きなアイドルがいたとして、ファンの立場から一生懸命応援しても結婚することは出来ません。

大体のアイドルは芸能人などの有名人と結婚します。

相手を手に入れようとするなら同じ様なレベルにある必要があるわけです。

基本的に叶わぬものはどうやっても叶わないものです。

自分の力で掴み取る生き方をしていれば、現実との折り合いをつけられるものですが…

前述した2つのタイプは叶わぬことを受け入れられなかったりします。

人は無理に手に入れたりするものではなく、気性が合ったり、何かで協力して仲良くなったりと意図しない形で信頼関係を結ぶことが多いです。

ビジネスの関係とは構築の仕方が違うんですよ。

今の自分や置かれている状況に不満があるほど、何故か人は高嶺の花を求めます。

弱さと向き合う

これらの話は別に馬鹿にしている訳ではありません。

人は弱さを持つものです。

私は人の弱さそのものを笑うのはダセーと思っています。

弱者であることを笑うのはおかしい、誰しも最初は弱者ですから。

ただ、私は弱さを棚に上げて痛い行動をする人を笑います。

例えば、格闘技の練習が辛くて逃げ出した人が

「周りが雑魚ばっかりだから辞めた」

とか

「格闘技なんて意味ない、時間の無駄」

とか言っていたら馬鹿にします。

人に気に入られようとする人の内、痛い行動をしたり人に迷惑をかける人が一定数いるんですよ。

そのタイプの人達は基本的に叩かれないと改善されません。

それは失う物も大きい。

だから、そうなる前に自分で気付くチャンスがあるはずです。

自分の弱さが受け入れられず、見ないようにしているかもしれません。

しかし、人が弱さを持つのは普通のことです。

恥じることはありません。

弱さを何一つ持たないような人は、私の知る限り存在しません。

本当に強い人は弱さを克服する人間で、自分の強さをやたら主張する人は弱さから目を背けているだけです。

弱さがあるから一つ一つ克服していくものなんですよ。

その過程で、いつしか他人の目が気にならなくなっているものです。

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