「自分」は理解して貰うものではなく、押し通すもの

哲学系記事

私がよく言われる言葉は、良くも悪くも

「出会ったことがないタイプ」です。

基本的に理解されることはありません。

どっちかというと悪い方に捉えられがちですが、気にするようなことではないと思っています。

そもそもの話、人を理解しようと努めている人間はそんなにいません。

自分の価値観に合わない、理解出来ない人間を否定する人の方が多いです。

それは些細な違いでも否定され、排除されることもあります。

だから、理解されようとするのでは無く、自分を押し通す方が効率が良い。

今回はそんな話です。

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理解を期待しない

人に理解されるなら、それは運の良いことです。

ただ、人には個々に特徴があり、全く同じ人はいません。

誰しもが一度は必ず「理解されない」という事を経験します。

共感能力の世界に生きる人にとって、理解されないことは恐ろしいことなのかも知れません。

だから人に理解されようとする。

しかし、誰かの価値観に合わせて生きていたら自分とは一体何者なんでしょうか?

自分の人生を生きていると言えるでしょうか?

自分の意志で自分の人生を生きていないと、ひたすら辛いものです。

自分が理解されないことより、自分の人生を生きていない方が辛いと私は思っています。

自分の意志で目指す「普通」なら全然構いません。

しかし、人に理解されるために「普通」を目指すのは不毛です。

一生懸命他人の価値観に合わせても、それでも理解されない事はあります。

ボロボロの水道管の穴を塞ぎ続けるようなもので、エネルギーの無駄なんですよ。

それよりは理解されないことを受け入れて、理解されないことをベースに生きていく方が楽です。

そうすれば自分や他人…人はそれぞれ違う生き物なのだと気付けるはずです。

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自分を押し通す

学校教育の価値観が大人になっても染み付いている人は多いです。

協調性…周りに合わせることが良いとされるのが代表的な価値観ですね。

これを言うと怒られるかもしれませんが、協調性は必須の能力では無いんですよ。

学校で教師の言うことを聞かず周りに合わせなくても、勉強さえ出来れば大学に行けます。

仕事をするにしても、協調性が必要無い仕事をすれば良いだけです。

協調性が無い事のデメリットは、管理側が苦労することと変な目で見られるというだけの話です。

不良が全員不幸になるかと言えばそうでもなく、わりと幸せに生きていたりします。

逆に、大人の言うことをしっかり聞いてきた人ほど鬱病になりやすい。

自分をねじ曲げるってのはそれだけ辛いことですが、何故か同調圧力によって強要されています。

私は若い頃からそれが疑問なんですよ。

だから、ボロクソに叩かれても自分を保ってきました。

人間性が成長するまでロクでもない奴だったのは自覚していますが、その分だけ幸せに生きています。

まあ、その頃の贖罪として社会貢献しなければならないとは思いますが(笑)

ちょっと言い訳っぽいですが、若い頃に問題があるのは人間性が育っていないから当たり前だと思っています。

自我を持ち、自分を押し通す。

ワガママが通用せず、ボロクソに叩かれて起動修正していく。

不義理や悪徳を経験して痛い目に合う。

悪を知るから善を識る。

現代日本から見ればロクデナシですが、幼少から行儀良く完璧であることを強要されるよりは健全だと思っています。

確かに世の中には絶対悪みたいな奴はいて、少年期に凶悪事件を起こしたりします。

身も蓋もない話ですが、それは単純にそいつがヤベー奴というだけです。

さて、今現在も自分を押し通せない人は…

大人になったら分別はつきますから、少なくとも人を殺したりはしないでしょう。

だから、少しくらい自分本位に生きても良いんじゃないですかね?

世の中にいるような他人にクソ迷惑をかけるような人とは違います。

自分本位に生きることは、自分のやりたい事や正しいと思ったことを貫くことです。

エスカレーターからショッピングカートを落とすような連中は思考停止して想像力が無いだけです。

自分の幸せは何か、そのためにはどうすべきかを真剣に考えて、自分で動く。

そうすればリスクを懸念したり、目標を設定したり出来るようになります。

それを否定したり邪魔する人がいたら

「うるせえ、俺の幸せは俺が決める」

自分を押し通すとはそういうことです。

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人には住みやすい場所がある

私の仕事関係の人達は、とにかく自我が強いです。

マニュアル人間ではありませんし、マニュアルがあっても守る気すらありません。

経歴も「何がどうしてそうなった」という感じの人が多いです。

普通の人から見たらヤベー奴です。

しかし、だからこそ正解の無い仕事が出来るんですよ。

打ち合わせが無くても臨機応変に動けるし、合理性に基づいて連携が取れる。

会議では斜め上の発想が飛び出すので、驚くどころか笑ってしまいます。

私が自衛隊を辞めて、今の業界に来て良かったと思うところです。

私もアホみたいに自我が強いので、気にいらないものは気にいらないし、人と衝突するし、自分が認めない人物の下につくとストレスで胃に穴が空くような人間です。

そんなんでも居心地の良い場所はあるんですよ。

自分を殺してストレスを溜めるよりは自我を押し通した方が良いし、それでも合わないなら住む場所が間違ってます。

ライオンは南極では生きていけませんし、ホッキョクグマもサバンナでは生きていけません。

「郷に入れば郷に従え」

これが賢い生き方であることは否定しません。

ただ、付け加えるなら

「ただし、無理なものは無理」

ですね。

他人を変えることはまず無理なので、自分をプラスに変えていく方が効率が良いんですよ。

レベルの高い郷に入れば自分の成長に繋がりますし、それは自我を殺すことにはなりません。

でも、入った郷がアホだったらどうします?

自分をアホに変えていくんですかね?

私だったら、さっさと郷を移ります。

まず自分を通す、それで駄目なら住む場所を変える。

ストレスなく生きるために必要なことです。

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