人は自分を基準に人を見る

哲学系記事
スポンサーリンク

色々な記事で話してきたことですが、人は自分を基準に他人を見がちです。

なんやかんや私もやってしまうのですが、これをやってしまうと物事を正しく判断出来なくなってしまいます。

「人と自分は違うもの」

これを識るための話です。

そんな筈がない

車の免許の教範では、運転する前に空気圧やエンジンオイルの点検をするように書かれています。

「いちいち、そんなことしてる人はいない」

と思うでしょう?

ですが、実際にいるんですよ。

流石に毎回運転する度に点検してる人は稀でしょうが、3日に1回とか週に1回とかの頻度で点検してる人は結構いるものです。

「うわっ、めんどくせ」

「いやいや、無理無理」

と思うようなことに直面したとき

「やってる人はいない」

「出来る人なんかいない」

と考えてしまうことがあります。

それは自分が面倒臭いとか無理だったりするだけで、必ずしも他人がそうとは限りません。

無意識に自分を基準にして他人も同じだと考えてしまうわけです。

また、未知のことについても同じことが言えます。

保安警備の仕事…スーパーの万引き防止の現場に行った時、別会社から来ていた駐車場誘導のおっちゃんに

「普段はどんな現場に行ってるの?」

と聞かれて

「身辺警護とか施設です」

と答えたら

「嘘つけよ、身辺警護なんてあるわけないだろ」

と言われてポカンとしたことがあります。

確かに身辺警護をやってる会社は少ないし、案件も多くは無いんですよ。

しかし、警備業界には4号警備という枠組みで身辺警護の仕事があることは事実です。

単純におっちゃんが知らなかっただけの話なのですが…最後まで嘘つき扱いされたままでした。

未知に対して「そんな筈がない」と思うのも、やはり自分を基準に物事を見ているからです。

何かあるに違いない

自分が恵まれた立場にいない時

「世の中はクソだ」

と思ってしまいがちです。

まあ、ある意味当然のことで、自分が不幸のドン底にいるのに

「世の中は素晴らしい」

なんて言う人がいたら、それは稀有なポジティブ思考の持ち主です。

逆に、仕事が順調で幸せな家庭を築いている人が

「世の中はクソだ」

と言っていたら心療内科へ行くことを薦めます。

客観的事実を元にして「世の中やべえな」と思うことはあると思います。

しかし、よっぽど冷静で合理的な人でない限りは自分の状況が思考に影響します。

正しく物事を見るためには、まずそれを理解してから感情を排して考える必要があります。

これは、意識すれば案外出来るものです。

また、自分が嫌な奴だった場合、世の中の人がクズだらけに見えたりします。

嫌な奴は他人の欠点ばかり見てしまうことと、自分には無い他人の善良さを疑うからです。

昔の私もそうでした。

確かに善を偽る人はいますし、もしかしたら周りが本当にクズだらけなのかもしれません。

それでも善良な人間は世の中に存在します。

だから、人を見極める時も感情に寄らず冷静に分析する必要があります。

「何かあるに違いない」

は感情から出たものかもしれませんから。

もちろん、人に警戒心を持つのは大事なことです。

ただ、合理的な理由から来る警戒心と、負の感情から来る猜疑心は違うものです。

猜疑心ばかり抱くと気持ちは暗く陰湿になっていきます。

余談ですが

「世の中は良い人ばかりだ」

と言う人に出会ったことがありません。

それはそれで特殊な状態なのかもしれません。

勘違いの原因

私と話すと不快に感じたり不安になる人が一定の割合でいます。

それは私が全く共感しないことと、相手の意見を肯定しつつ真逆の意見を言ったりするからです。

なんでそうなのかと言うと、共感能力に合わせるのがシンプルに面倒臭いからです。

私がモテない理由の一つです。

共感能力に寄る人ほど、共感と肯定に充足感を抱き、同じ意見であることに安心感を抱きます。

それが出来ない相手を不快に感じたり、得体の知れないものに不安を感じたりするわけです。

しかし、共感能力とは他人に合わせる能力です。

人に合わせているだけで、本来の考えは違うものなんですよ。

たまたま同じ意見を持つ事がありますが、自分と他人が常に同じ意見という状態は本来なら異常です。

その異常な状態が続くと自分と他人は同じという勘違いを起こしやすくなります。

もう一つの勘違いとして、他人を基準に他人を見るというものがあります。

これは、私がよく起こしやすい間違いです。

人間をある程度観察してきた人は、自分の中のデータベースから類似する人を基準にして相手を判断してしまったりします。

例えば

「気弱でイエスマン…自己中心的な性格かな?」

みたいな判断です。

自分と他人は違うように他人と他人もまた違うものなので、この判断は早計です。

自分の中のデータベースはあくまで参考にしかなりませんし、人間心理の知識もまた同じです。

結局のところ人間一人一人をよく観察しないと、その人の事の深い部分は分からんものです。

大まかな部分は同じであることが多いですが、掘り下げていくと案外違うものなんですよ。

コメント

Copied title and URL