共感能力の高低

哲学系記事

過去の記事でも触れてきましたが、今回は改めて共感能力の話をします。

共感能力は一定ではなく、人によって高かったり低かったりします。

共感能力は簡単に言ってしまえば「人に合わせる能力」なのですが、今回はもう少し細かく話していきます。

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共感能力

共感能力は主に二種類に分かれます。

相手が嬉しい時は自分も嬉しくなり、落ち込んでいる時は自分も落ち込むという

「相手と気持ちを共有する能力」

相手がなぜ怒ったり悲しんだりするのか、何をすれば喜んだりするのかを察する

「気持ちの変化を読む能力」

があります。

非合理的な側面もありますが、集団で暮らす人間にとって重要な能力です。

共感能力にも度合いがあり、他人の気持ちを過度に感じてしまう人をエンパス(HSP)と呼びます。

集団において希少な能力ですが、人の負の感情も直撃するのでネガティブになってしまう人がいるようです。

一般的にサイコパスと呼ばれる人達は「気持ちの変化を読む能力」に長けているものの、「相手と気持ちを共有する能力」に欠けていることが多いです。

賢いサイコパスだと上手く特性を使って集団に利益をもたらしますが、そうでない場合は利己的に相手を操ろうとします。

相手の痛みが気にならないので、冷酷だったり無慈悲に見えたりします。

私の話ですが、先天的な欠陥なのか幼少期から「相手と気持ちを共有する能力」と「気持ちの変化を読む能力」の両方がありませんでした。

観察や考察を繰り返すことで気持ちの変化を読めるようになりましたが、「相手と気持ちを共有する能力」は未だに持っていません。

このタイプの人も世の中には結構いるようです。

共感能力は高過ぎたり低過ぎたりすると支障が出ます。

気持ちの変化が読めければ知らず知らず相手を怒らせたり傷つけたりしてしまいますし、気持ちが共有出来ないことは相手にも伝わってしまうものです。

逆に過剰に共感能力が高いと他人の気分に左右されて自我が保ち難く、酷ければ普通に生きているだけで精神が病みます。

コミュニケーションに難があるわけです。

だから、私は普通に共感出来ることが幸運なことであると考えています。

…隣の芝生は青く見えるというだけで、共感能力を持つなりの葛藤もあるのかもしれませんが。

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自分の共感能力は把握した方が良い

前述の通り共感能力には人によって程度があります。

自分の程度を把握してないと知らず知らず問題になることがあるのですが、意外と把握してない人は多いです。

例えば、空気の読めない人は自分が空気を読めないことが分からない人が多いです。

これは「気持ちの変化を読む能力」が低いからです。

また、目立ったトラブルは無いのに人間関係で異常に消耗する人はエンパスである可能性があります。

自分の特性を把握していれば対処も出来るものです。 

ではどうやって把握するかというと…残念ながら明確な答えはありません。

違和感や周りの反応を見て、自分で感じとるしかないのが現状です。

ただ一つ言えることは、人は自分を基準に他人を見るということ。

つまり、自分の特性は他人と同じと思っている可能性が高いです。

実際、私も共感能力なんて存在を知らず、みんな自分と同じ状態だと思っていましたから。

いつ自分で気付けるかだと思います。

自分の共感能力の特性なんてものは、他人は気にしてくれないものです。

まだまだ認知度が低いですし。

現状では説明したところで変な奴に見られるだけで、免罪符にはなりません。

どうにかこうにか付き合っていくしかないんですよ。

ただ、尖った特性は上手く使えれば強力な武器になります。

悲観する必要は無いと思います。

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特別な訳ではない

エンパスの人の場合、他人の感情に左右されやすいだけであって、本人の感情の起伏が激しいわけではありません。

だから自分がエンパスということを理解していない場合、情緒が安定しないことに悩むようです。

一方で冷酷・冷徹と思われがちなサイコパスも人間らしい情は存在しています。

極端に合理的だったり利己的だったりするだけで、その人と利害が一致したり意図に沿う場合は普通に良い奴であることも。

エンパス、サイコパスという言葉の定義が曖昧で範囲が広いのに対して、説明は極端な事例であることが多いです。

あらゆる人間の感情が流れ込むエスパーとか、冷酷な殺人鬼みたいな紹介をされることもあります。

全ての対象者がそんな感じではなく、大体が常識の範囲に収まります。

ヤベー奴は、エンパスやサイコパスじゃなくてもヤベー奴です。

共感能力の高低は人の能力の一端というか、特性に過ぎません。

だから私は偏見を持ったり、逆に変な憧れや自尊心を抱くことは否定的に考えています。

便宜上、エンパスやサイコパスと呼ばれているだけで、名詞がつくからといって特別なものではないからです。

にも関わらず、人より優れているとか劣っているとかアホらしいと思っています。

例えば、ハゲを気にする人は多いですが、プラスに変えられる人もいます。

美男美女は有利に働くこともありますが、悪意に晒されやすいので苦労もします。

共感能力の高低も、それと同じことではないでしょうか?

ポジティブにとるかネガティブにとるか、結局は捉え方次第なんですよ。

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