「好意」は時に人を刺す

哲学系記事

人は本能的に悪意を苦手とし恐れます。

悪意に屈しない強者や超人はいるものです。

しかし、彼らは味方によって倒れます。

それは期待、共感、羨望、依存、愛情といった…いわゆる「好意」と呼ばれるものです。

信頼関係において好意があることは当然のことです。

しかし、人は抱えられる好意に限界があります。

今回は好意を扱っていく話です。

スポンサーリンク

賢者は野に籠る

通常、人は好意を受けると嬉しいものです。

好意を得たいがために大成する人もいるぐらいですから。

しかし、そうでない人も存在します。

好意を受けることが苦しいと感じる人も多いです。

人はギブアンドテイクで生きています。

これは責任感が強かったり義理堅い人ほどそうです。

他には人に失望されることを恐れたり、プレッシャーを感じやすい人にも当てはまります。

好意というものはギブの中でも実態が無く、感謝もしづらく、かといって返さなければ何か悪いことをしたような気になるものです。

それらは確実に心の負荷になります。

逆に、承認欲求が強い人は好意に飢えているので許容量が大きいです。

責任感の無い人は好意を返そうとも思わないので気にもしません。

しっかりした人ほど好意を苦手とし、いい加減な人ほど好意を得意とするわけです。

悪意に耐えられる人でも不特定多数の好意によって潰れます。

善人が大成しづらい理由の一つです。

しっかりした人は好意によってエネルギーを消耗し続け、疲弊します。

だから賢者は世に出ず野に籠るわけです。

スポンサーリンク

好意をさばく

好意が毒になることはあまり知られていないので、好意のさばき方も知らない人が多いです。

特に有名人の場合は不特定多数から大小様々な好意を寄せられてパンクしやすいです。

いい加減な人なら適当にあしらっても気にしないのですが、そうでない場合は対策をする必要があります。

まず、プライベートで関わる人、それ以外の人を分けます。

プライベート以外の人間は、一定のラインから近づけないようにします。

仲の良い友人や同僚などのカテゴリーにだけ好意を返すやり方ですね。

それ以外は余力でやるか、完全にシャットアウトします。

これは普通の人なら程度によりますが、大成した人には必須の作業です。

しかし、音楽アーティストなど人気を売りにする商売は完全にシャットアウト出来ない場合もあり、向き不向きがあります。

アイドルの握手会なんかは、向かない人には相当キツイだろうなと思います。

ラインを超えたら切り捨てるという作業が出来ない人は、好意を持たれないように生きていくしかありません。

責任感があり冷酷になれない人は、他者から依存されやすく、エネルギーを吸いとられ続けます。

逆に切り捨てるという作業が上手く出来るほど冷酷な印象を持たれますが、メンタルは一定に保たれます。

好意に縛られてしまうと、自分の意志が曲げられて隷属した状態になってしまいます。

好意とは本来は見返りを求めないものです。

人は好意を返して欲しいものですが、返さないでキレる人はあまりいません。

それでキレる人は、その人がヤベー奴というだけなので気にする必要はないと思います。

ただ、接客業みたいに相手に近い場合は執着されやすく、上手く距離を取らないと好意が悪意に変わるリスクがあります。

スポンサーリンク

人脈

人脈を作りたいという人がたまにいますが、前述の通り近づこうとするとシャットアウトされます。

そもそも社会的な強者は自分の価値をアテにしてすり寄ってくる人を排除します。

基本的に人脈というのは、お互いに価値があるから出来るもので、逆に相手にメリットを感じさせる価値を持っているなら人脈を気にする必要はありません。

力がある人が誰かれ構わず優しくすると、弱者が依存しようとして次々と寄ってくるので、強者はフィルターをかけます。

身辺警護でも信頼されるのは、媚びずに黙々と仕事を全うする人です。

基本的に強者との人脈は強者にしか作れません。

そして、それは勝手に出来るものです。

だから人脈が欲しいならまず、自分の社会的な価値を上げることです。

自分以外の誰かの力を求める限り、本当の意味で価値をあげることは出来ません。

自分の能力や立場で誰かに利益をもたらせれば人脈は勝手についてきます。

好意を向けて返してもらおうとするのではなく、相手にとって有用な価値を提供して自分も利益を得る。

それが本当のギブ&テイクです。

コメント

Copied title and URL