言葉の抵抗値

哲学系記事
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言葉の要素として、「伝わりやすさ」の他に「受け取りやすさ」が存在します。

人にはそれぞれプライドや価値観があり、割ける時間と労力などの要因もあって、言われたことを素直に受け取るわけではありません。

同じ言葉でも人によって受け取りやすさは変化します。

この受け取りやすさを「言葉の抵抗値」と私は呼んでいます。

今回は言葉で伝える時の注意点の話です。

反発される言葉

どんな人間でも反抗心を抱いたら従いたくないものです。

そうなったら、相手の言葉が正しいかどうかなんてのは関係ありません。

「勉強しろ!」と怒鳴ったところで、子供は勉強しないし、渋々やったとしてもパフォーマンスはダダ下がりです。

抵抗値の低い言葉で

「問題集のこのページを終わらせたら遊んで良いよ」

と伝えたら、わりと勉強するそうです。

必要なことであっても、嫌なことを押し付けられると反発したくなるものです。

それでも、提案に魅力があれば従ったりもします。

「これぐらいなら出来るだろ、さっさとやれ」

なんて高圧的に言われたらやる気も起きないし、反抗心を持ちます。

「お前なら上手くやってくれそうだから、頼むよ」

と言われたら悪い気はしないし、ちょっと頑張ろうという気にもなります。

また、私はウェイトトレーニングが好きで毎日のようにジムに行きますが

「ウェイトトレーニングなんて時間の無駄」

とか

「やり方が良くない、◯◯のトレーニングはこうするべき…」

とか

「筋トレの量が足りない、もっとやれ」

みたいに口出しされるのが嫌いです。

反発される言葉は

・嫌なことを押し付けること
・自尊心を傷つけること
・やっていることに口出しすること

大抵、この3つのどれかです。

これらは極めて抵抗値が高く、反抗心を持たせるので言わねー方がマシです。

抵抗値の高い言葉は、怒り、癇癪、優越感、劣等感、不安、焦燥感、承認欲求などを抱く時に発してしまうものです。

言ってしまえば、自分の都合で発しているんですよ。

「お前のためを思って言ってるんだ!」

と怒鳴る人は…自分でそう思いこんでいるか、誤魔化しているだけで、間違いなく自分のために発しています。

確かに、相手にとって耳が痛い言葉を伝えないといけない場面はあります。

そういう時、私は無感情に、論理的に淡々と説明します。

それが最も抵抗値が少ないからです。

また、私の記事は私の思想を書いているので「こうするべき」「こうあるべき」と抵抗値の高い言葉を使います。

しかし、現実では「あーしろ」「こーしろ」とは聞かれない限りは言わないようにしています。

基本的に人がどう生きようと自由だし、自分の感情で抵抗値の高い言葉を使うのはダセーと思っているからです。

まあ、そのダセーことをやってしまう時もあるのですが、そういう時はやっぱり反発されます。

抵抗値が高い言葉は無用な反発を招いてしまうので、争い以外では使わない方が良い。

冷静ではない時には、人に何かを言うのはやめた方が良いということです。

事実と偏見

言いづらいことは言えない人がいる一方で、

「事実を言って何が悪い」

と考える人もいます。

確かに、論理的な説明や議論をする際は、相手が不快に思うことでも事実を語る必要があります。

しかし、わざわざ言わなくても良い事実を話す必要はありません。

信頼関係があって冗談が通用する間柄なら構わないんですよ。

私も

「曹長だって勝手にハゲてるじゃないですか」

「ハゲは仕方ねーだろ」

と蹴られる…みたいなやり取りをしたりします。

ただ、必要のない事実を話すことで無駄に相手を不快にさせるのは…それは抵抗値の高い言葉なんですよ。

相手が気にしているのに「ハゲ」と言ったり、相手の心情を読めずに「冗談だから」で済ませるのはシンプルに嫌な奴です。

さらに、偏見を事実だと勘違いする人もいます。

例えばADHDの人に

「遅刻をするのは仕事をナメているからだ」

と言う人がいたとします。

しかし、ADHDの人は精神構造上、決められた時間を守るのを苦手としています。

言う側からすれば遅刻しないのが当たり前なので「仕事をナメている」という結論になるのでしょう。

でもそれは…事実ではなく偏見というわけです。

思慮深い人なら言うべき事実、言って良い事実、言うべきではない事実、偏見を分けることが出来ます。

「事実を言って何が悪い」

と考える人は、その分類を出来ていない人が多いんですよ。

そして、そのタイプの人は優越感などの感情が言葉に乗ります。

自分では意識していないのかも知れませんが、他人から見ると心の声がダダ漏れです。

机上の空論

自分のやっていることに口出しされるのは、それ自体が嫌なものですが…それが机上の空論だと尚更です。

例えば

「ボクシングはキックが無いから弱い」

なんて言う人がいたりします。

多分、格闘技や殴り合いをしたことが無い人なんだと思います。

私がボクサーの本気のボディブローを食らった時、腹に穴が空いたかと思いました。

一般人が包丁持って突っ込んでくるより、よっぽど怖えーです。

また、

「ボディビルダーの筋肉は使えないから弱い」

と言う人もいます。

確かに、格闘家と戦えば勝てないと思います。

かといって何もしていない人より弱いということはありません。

ゴールドジムのガチ勢を間近で見ていたら、とてもそんなことは言えないと思います。

格闘家であれ、ボディビルダーであれ、本格的に鍛えている人はとにかく頑丈なんですよ。

素人の打撃でどうこう出来る相手ではない。

本格的に鍛えることを経験していないと、それが分からないわけです。

にも関わらず机上の空論を語る人がいて、人に口出しをしたがるんですよね。

それが無駄な反発を招くわけです。

経験が伴わない理論は、必ず穴があるものです。

所詮は机上の空論なんですよ。

それを素直に受け入れる人はいません。

だから私は経験を大事にします。

経験から来る言葉は、抵抗値が低くなりますから。

今の時代、本やネットで知識が簡単に手に入ります。

名乗ろうと思えば誰でも専門家を名乗れるから、生半可な言葉では誰も受け入れません。

だからこそ経験者にしか知り得ない情報に価値があり、経験が言葉の抵抗値を下げるわけです。

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