個性を出すか、無難に通すか

哲学系記事
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私は幼い頃から変な行動をしていたので、周りから馬鹿にされることが多かったんですよ。

下水道を探検したり、森に入ってシマリスを捕まえようとしたり、拾ってくるものは鹿の骨とか蛇とかです。

「アイツは馬鹿だ」

と、当然ながら言われていました。

多くの人は、周りに馴染むために自分の変な部分を直そうとします。

人によっては著しく社会性を欠いたりもするので当然のことです。

私は自我が強いので、マトモな大人に出会っていなかったら危ないところでした。

しかし、変な部分は短所であると同時に長所でもあります。

周りに馴染むことを選ぶことによって、失うものもある。

逆に、周りからどう思われても自我を通すことで身に付くものがある。

今回はそんな話です。

周りに合わせて失う原石

誰しも絵を描いたことがあると思います。

小学生ぐらいの時は、趣味で絵を描く人がたくさんいました。

しかし、中学、高校と上がるにつれて少なくなっていくものです。

共感能力による価値観を持つ集団は、一人一人が自分のではなく集団の価値観で判断します。

高校生ぐらいでは、絵を描いていると集団の価値観からは変に見られたりもします。

「お前、絵なんか描いてんの?」

「オタクじゃん、やめなよ」

などと、周りから口々に言われて描かなくなっていきます。

才があるかどうかは別として、周りの目を気にする人はやめてしまうものです。

その中で、絵を描くことが本当に好きな人は周りが何を言っても描き続けます。

一朝一夕で身に付くものではないので、年月と熱量を捧げた人ほど上達します。

そういった人達の中から、今日の画家やイラストレーターが生まれてくるわけです。

今は企業にも個人にもイラストの需要があり、私も「ダ鳥獣戯画」さんにはお世話になっています。

突き抜けた個性や、その個性によって磨かれた高い能力は、社会で価値を認められることがある。

画家やイラストレーターもその1つですね。

個性や個人の嗜好というものは馬鹿にされやすいんですよ。

技量が未熟なうちは特に。

しかし、一芸を持つ人は強い。

上手くいけばそれを頼りに生きていくことが出来る。

人目を気にして、その原石を手放すのは少々もったいないと思っています。

昔は「ゲームが上手くても何の役にも立たない」と言われていました。

今ではプロゲーマーがいて、ゲームの動画配信は人気コンテンツになっているぐらいです。

私は真面目にコツコツと人に合わせて生きることを否定するわけではありません。

ただ、その人達の中にも原石があって、それを磨くという選択肢があったんですよ。

周りに流されていくうちに失ってしまったわけです。

だからもし…また原石を手に入れた時は、簡単に手放さずに磨いてみては如何でしょうか?

人としての面白さ

私は人のアホな部分が好きで、同時に自分のアホな部分を大切にしています。

だから、私はふざけるのが大好きです。

恥や失敗も笑い話に変えていきます。

同じようにアホな人と遊ぶのは楽しいです。

しかし、クソ真面目な人、承認欲求の強い人、プライドの高い人はアホな部分を隠そうとしてしまいます。

凄い人間でありたい、見られたいという人ほどそうなりがちです。

それは、もったいないことです。

人が持つアホな部分は、人としての面白さなんですよ。

料理で言うところの旨味です。

だから、アホな部分を隠そうとするほど魅力を失っていきます。

子供の頃、「面白い大人」と「つまらない大人」がいて、面白いのは平気でアホな言動が出来る人でした。

逆に社会で理想とされるような真面目な大人は、つまらなかったんですよ。

どちらも私を笑わせようとしてくれた事があるのですが…

自分のアホさを隠さない人は、言動がいちいち面白い。

一方で、自分のアホさを隠す人がふざけたり、お笑い芸人のネタをやっても面白くない。

人はアホだから面白いんですよ。

よく承認欲求に駆られた若者が、面白いと思って迷惑行為をやったりしますが…まあ、面白くはないです。

承認欲求が強いので、自分の価値を認められたい。

だから、自分の恥や弱点みたいな部分は隠そうとする。

しかし、面白いと思われたいから過激なことをする。

人としての面白さは過激さとかネタ以前に、どれだけ自分をさらけ出すことが出来るかなんですよ。

根本的に間違っているんですよね。

人の魅力は容姿だったり能力だったり様々で、面白さというのは要素の1つでしかありません。

有名インフルエンサーのファッションモデルや実業家が面白い訳ではないですし、必ず必要というものでは無いんですよ。

しかし、人としての面白さは魅力の骨幹と言っても良い。

アホな部分を隠して他の魅力に走るのは、ある種の弱さから来る逃げにも感じてしまいます。

「東京03」というトリオの「角田さん」という、私の好きな芸人がいます。

人間的に痛い残念なキャラクターを演じることが多く、それが人としての面白さの極みにある…と思っています。

演技であっても、あれだけ自分を落とすことは難しく、プライドの高い人にはまず無理です。

芸人としての技量とは、そういう部分もあるのかもしれません。

異性との付き合い

私は普通の人からすれば頭おかしい人なので、合コンに行った時は当初、普通の人を装ってました。

まあ、モテないわけですよ。

途中から面倒臭くなって素で接するようになったところ、相変わらずモテませんが普通を装うよりはマシになりました。

私が特殊というのもあるかもしれませんが、他の参加者の傾向を見るに、やべー奴より普通にしてる奴の方がモテないようです。

その場は無難に終わりますが、そこから先が全く繋がらない。

これは今考えれば当然で、普通を装おっていたら面白みが無く、味のしないガムみたいなものです。

イケメンでもない限り、それに魅力を感じる人はいないでしょう。

これは逆に、私が相手に対しても思うことで、アホな部分を隠す人には魅力を感じません。

マンガの話をして、「ワンピースが好き」という人より、「ケンガンアシュラ」や「チェーンソーマン」が好きという人の方が面白いです。

BLの話を熱弁されると「勘弁してくれ」とは思いますが、自分をさらけ出すその人自体は面白いと思います。

「何か食いたいものある?」と聞いた時に

「何でも良いよ」

と言う人より

「食えるなら何でも良い」 

って言う人の方が面白い。

性格の良し悪しは別として、普通を装わない人は魅力が伝わりやすいわけです。

ただ、男女問わず恋愛に依存している人は、相手が無個性な方が安心する場合もあります。

そもそも容姿や立場に重点を置いてますから、中身は無難で良いんですよ。

しかし、そうでない場合は普通に人間関係として捉えるので、面白くなかったり、嫌な奴だったら関わろうとは思わないんですよ。

恋愛に依存しているか人間関係として捉えるかで、考え方はガラッと変わります。

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