能力の偏差値

哲学系記事

可視化は難しいですが、人の能力には偏差値があると考えています。

可視化が出来るものもあって、ある程度の測定が出来るものとしてはIQ(知能指数)が有名ですね。

100を基準値として、全体平均との差で高低が決まります。

一般的にIQの差が20あると会話が噛み合わないと言われており、130を越える人は人口の2%とマイノリティです。

これはIQ以外にも言えることではないかと考えています。

今回は、そんな感じの話です。

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能力の偏差値

学校の成績による偏差値は、スコアが元になるのでハッキリ表されます。

逆に、スコアに出せない能力は表すことが出来ません。

例えば、善性。

世の中には善人と悪人がいることは分かっていますが、どれくらい善人なのかを測る指標はありません。

しかし、それは指標が無いだけで善性の高低は存在します。

つまり、可視化出来ない偏差値があるわけです。

思考力、洞察力、共感能力、忍耐力、集中力などなど、それぞれの能力にも偏差値が存在し、偏差値が近い者でないと感覚は分からないものです。

ただ、偏差値が高い人は低い人の感覚がある程度分かるんですよ。

逆に、低い人は高い人の感覚が全く分からないものです。

例えば、天才は普通の人が分からないような概念まで理解出来ます。

当然ながら、普通の人が理解している概念も理解出来ます。

ただし、普通の人がどこまで理解出来るのかは分からない。

だから、自分が理解をしている概念を伝えようとしても相手が理解出来なかったりする。

秀逸な例えを引用すると

幽霊が見えている人の話は、幽霊が見えない人には理解出来ない。
天才もまた幽霊が見えているようなもの。

だから普通の人が天才の話を聞くと

「何言ってんだコイツ、バカか?」

と思ってしまうし、天才は

「何でこんなことも分からないんだ?」

と思ってしまうわけです。

…ただ、ちょっとこの話は不完全というか、伝え方が難しい。

この話をすると

「そうか、俺は天才だったんだ!」

と、勘違いする人が多いんですよ。

自己中心的な人、感情的で論理が破綻している人、単純に説明が下手な人ほど勘違いしがちです。

ただ、それは自分ではなかなか気付かないものです。

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理解出来ない価値

私は共感能力が低いので、共感能力の高い人達の感覚が理解出来ません。

話を聞いて概念としては知っているんですが、本当に存在しているのかの確証は得られないです。

逆に、私は善性の大切さを理解していますが、善性が著しく低い人には、どれだけ言葉を尽くしても理解させることが出来ないものです。

また、精神的に自立している人の考え方は、自立していない人には理解出来なかったりします。

自立した人と自立していない人では、人との接し方や人生に重きを置くものが全く違うからです。

能力が低い側の人にとって、高い側の人の考えや感覚は存在しないようなものなんですよ。

知ったところで、それが必要だとは思えないものです。

前述の幽霊の話ですね。

だから善性が低い人は、信頼関係を築いたり、自分を偽らないことの価値が理解出来ない。

共感能力が低い私もまた、人の喜びや悲しみに共感することの価値がさっぱり分かりません。

その能力が高くなって初めて、価値を理解出来ます。

例えば、思考停止した人に思考させるのは難しいんですよ。

考えなくても生きていけるのに、わざわざ疲れるような事はしたくないでしょうから。

しかし、思考力が高い人からすれば…

搾取されてたり、騙されていたり、将来性が無いものに依存していたりと危うい状態であることが分かります。

しかし、それは幽霊の話と同じなので相手に理解させることは出来ません。

ただただ、大切さを説いて考えることを促すしか無いわけです。

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自己認識が難しい

頭の良い人なら、普通の人は自分より頭が悪いことが分かるんですよ。

一方で、普通の人は自分より頭の良い人を、理解出来ないがゆえにバカだと思っています。

そのため、優れた人と比較した時、自分の方が能力が低いとは気付き難い。

一方で、普通の人は頭の悪い人をバカだと思っています。

逆に、頭の悪い人は自分がバカだと分かっていることが多いです。

これは、違和感があるからなんですよ。

数は普通の人が最も多いです。

自分よりも頭の良い人が大勢いたら、自分が頭が悪いと気付きます。

普通の人も、周りと比較して明らかに違う人がいたらバカだと思います。

自分が平均より低い場合は、自分で気付きやすいものです。

私が共感能力の低さに気付いたのも、この違和感からです。

しかし、普通の人より能力が高い人は少ないので、普通の人にとってはバカに見えるわけです。

自分を凡人と理解するのが一番難しいんですよね。

逆に言えば、自分を凡人と理解している人は賢いわけです。

何かしらの能力で理解出来ない人がいた時、それは自分より能力が高い可能性があります。

本当に優れた人は、周りや下と自分を比べるのではなく、上と比べるから自分が優れているとは思っていないことが多いです。

自衛隊の隊員でも、後輩が入ってきたらマウントを取ることに専念するのは愚者です。

逆に、突き抜けて優れた人間は、自分とソリッド・スネークを比べます。

前者は今の状態に満足してしまっていますが、後者は自分に足りないものを埋めようとします。

こうして、傲れる凡人と謙虚な精鋭が生まれるわけです。

凡人は凡人であることを自覚していないし、精鋭は精鋭であることを自覚していない。

客観的に見れば一目で分かるものですが、自分では気付き難いものです。

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