ステータスのためには頑張れない

哲学系記事
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やりたい事や好きなことがあると、その物事を自然に頑張るものです。

しかし、その物事を「好きだ」と言いながら頑張れない人って結構いるんですよ。

例えば、「筋トレが好き」と言いながらも、ジムに行ったらボケーッとスマホを弄ってる人。

本当に筋トレが好きなら、普通に筋トレします。

その手の人は筋トレが好きなのではなく

「筋トレをしている」

「ジムに通っている」

というステータスが好きなんですよ。

客観的に見たら何のステータスにもならないのですが、本人は価値があると感じるようです。

このステータスに依存して肝心要の能力が低いまま…という人が多いのは現代の病だと思っています。

今回は、ステータスのためには頑張れないという話をしようと思います。

嫌なことから逃げない

やりたい事があると大体、嫌なことも発生するんですよ。

私が知識ゼロからワードプレスのサイトを立ち上げた時、設定やら何やらで「クソめんどくせえ」と思ってました。

でも、サイトは立ち上げたいから色々調べて問題を解消していったんですよね。

私の価値観だと当たり前の話です。

それが、今の世の中に浸透しつつある価値観だと、すぐに挫折してしまうんですよ。

近年、顕著に表れていることですが

「努力をせず、簡単に出来ることで認められたい」

「労力を使わずに凄い人だと思われたい」

という価値観をひしひしと感じます。

頑張らないで承認欲求を満たすことがトレンドになっているのでしょうか。

承認欲求を手軽に満たせる方法の一つが、簡単に手に入るステータスなんですよ。

正直、簡単に出来ることに価値なんてないのですが、努力して価値を創造することは敬遠されるようです。

「ワードプレスサイトを運営しているというステータスが欲しい」

という動機で始めると、つまづいた時点で諦めてしまう人もいます。

正直、立ち上げは誰でも出来ることなので、肝心なのは運用なのですが…それ以前で諦めるって相当だなと思います。

ステータスや肩書きは、それなりのレベルに達して初めて価値を持つものです。

当然ながら、到達するためには嫌なことや我慢することも死ぬほどあって、簡単にはいかないから価値があるんですよ。

学者は研究の末に実績を残して博士号を取得するから名乗れるものです。

そういうステータスなら誇っても良いと思います。

努力して嫌なことも乗り越えてきたわけですから。

嫌なことから逃げていたら価値のあるステータスは手に入らないものです。

ステータスを偽る意味

動画や記事で何度も話していることですが、私は元自衛官という肩書きには対して価値を感じていないんですよ。

「自衛隊には簡単に入れるし、上場企業に入社するほうが100倍難しい」

「自衛隊なんてヤベー奴らの集まりだぞ」

って考えてるからです。

だから、他の元自衛官も名乗る人は少ないんですよ。

ただ、客観的に価値を感じる人もいるので、私は商売のために名乗っていますし、同じような状況の人も多いです。

しかし、面白いことにTwitterなんかだと自衛隊はそこそこ人気があるんですよ。

現職や元自衛官、果ては「自衛隊に入隊します」という肩書きですら一定の人気がある。

地下アイドルかなんかですかね(笑)

内情を知る人間としては、イメージの落差に笑うしかない状況です。

そんな感じだからニセ自衛官が現れたり、アカウント販売業者が入隊希望者を偽ってミリタリー系のフォロワーを集めたりと、なかなか狂ってます。

私の知り合いの間では

「どうせ偽るならもっとマシな肩書きを名乗れよ」

と笑い話になっていました。

また、真剣にフェミニスト活動をしている人を知っているのですが、彼女の最大の敵はフェミニストモドキなんですよ。

フェミニストモドキとは、フェミニストという肩書きを名乗って承認欲求を満たしたり、自分が気に入らないことに誹謗中傷を繰り返す人達ですね。

差別と区別の違いを踏まえた上で平和的に活動するフェミニストを、欲望に荒れ狂ったフェミニストモドキが邪魔をしてしまう。

それを咎めると「名誉男性」とか「女性の敵」とか言われて殺害予告までされてしまうという…なかなか気の毒な状態でした。

厳しいことを言うと、偽自衛官もフェミニストモドキも肩書きを取ったら何も残らない人達なんですよ。

何も無いからこそ手軽な肩書きで自分を脚色するわけです。

しかし、それではいつまでたっても自分の価値を持てないままです。

認められるのは承認欲求に振り回されず、自分の価値を積み上げた人間なんですよ。

他人を自分の価値とする

「芸能人の知り合いがいる」

「有名人にSNSでフォローされている」

というような、他人の存在を自分の価値と考える人が一定数いるんですよ。

しかし、社会的に価値のある人が知り合いにいたとしても自分の価値にはならないものです。

人脈として機能するほどの信頼関係があるなら別ですが、社会的に価値のある人には知り合いなんて腐るほどいます。

その中の末端の一人だったとしても、客観的に見たら

「だからどうした」

という話です。

また、エロトマニア妄想症という精神病が存在します。

ストーカーなんかの原因になる病で、自分の価値に満足出来ない人が抱く妄想症状です。

自分より価値の高い人物と繋がりたいという願望が歪み、自分が一方的に好意を抱くだけの相手と親しい間柄であると思い込みます。

妄想が進むと、根拠もなく相手に愛されていると感じていたり、はっきり拒絶されても愛の告白をされたように歪んだ受けとり方をしてしまう。

対象の周囲の人間に攻撃的になる場合もあるし、「裏切られた」と感じると対象を執拗に攻撃するようにもなる。

どんなに説得されても妄想は揺るがず、何より自覚が無い。

なので心理学的には無視が安定なのですが、執拗なので興味のある対象が他に出来るまで続きます。

医師や教員など、人の話を聞くタイプの人は執着されやすいそうです。

情報発信者、特にライブ配信をする人は狙われやすいので気をつけて下さい。

…というように自分の価値を持てないと、客観的に見て段々おかしくなっていくんですよ。

昔はステータスのために頑張る人も多かったのですが、今はステータスを安易に設定出来てしまう。

だから、自分の価値に不安があるのなら、ステータスを求めるのをやめましょう。

承認欲求を満たしたいという気持ちはすぐには消えません。

むしろ何も無いから承認欲求を抱くものなので、自分の価値を積み上げることが最も簡単な克服方法なんですよ。

抗いながら、何かを積み上げていけば承認欲求は無くなっていくものです。

承認欲求を克服してから本当の人生が始まると、私は考えています。

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