朝田理論

哲学系記事
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近年の差別問題やハラスメント問題に関係のある話です。

朝田理論とは部落解放運動を行った団体のトップである朝田善之助が提唱した理論です。

「不利益と不快を感じさせられたら全て差別」

「差別か否かは被差別者にしか分からない」

また、

「生活上における一切の不利な条件…日々生起する一切の問題を…差別として評価しなければならない」

というような思想から出来たものです。

どう感じるかは人次第ですが、この理論によって様々な問題が起きました。

今回は、朝田理論を中心に話していこうと思います。

部落差別とは

今の若い人にはあまり馴染みがない言葉だと思います。

部落差別とは特定の地域に住む人を差別することです。

江戸時代に民衆の不満のはけ口として、人の下に差別する目的の人を置く制度が作られました。

差別される人達は穢多(えた)または非人(ひにん)と呼ばれ、住む場所や職業を限定され貧しい生活を強いられます。

近代に入り全ての人間に人権が与えられ、制度は撤廃されました…が、長らく続いた差別は根強く残りました。

穢多・非人と呼ばれていた人達が住んでいた地域の出身者は差別され、結婚や居住などの障害になってしまいます。

今日において部落差別を行う人は滅多にいませんが、特に差別の強かった地域では古い考えが残っているようです。

この部落差別を解消するために部落解放同盟と呼ばれる団体が結成され、その第2代中央執行委員長…要するに偉い人が朝田善之助でした。

まあ、ここまでは良いんですよ。

朝田理論の問題

初めこそ部落差別の解決を前進させた部落解放同盟の運動は、次第に欲望に飲まれていきます。

朝田理論は、差別かどうかの判断は被差別者にしか出来ないという理論です。

それは被差別者認定された人が、一方的に相手を差別者呼ばわり出来るということです。

例えば、就職希望の会社に受からなかった人が「差別だ!」と叫べば差別になってしまうわけです。

朝田自身も普段から

「差別者を作るのは簡単だ」

と豪語していたそうです。

当然、論理的におかしい話なので

「パチンコに負けるのも、郵便ポストが赤いのも差別か」

と揶揄されることもあったそうですが、朝田はヘラヘラ笑って取り合わなかったんだとか。

被差別認定された人の中には朝田理論を乱用する人が一定数いました。

企業や役所に対して「差別した」とレッテルを貼り、脅迫や暴行を繰り返します。

その結果、金銭や利権を得て富裕層になるものすら現れる。

とある小学生が教師に対して

「自分が勉強出来ないのは差別の結果だ」

と語るというようなこともあったそうです。

差別を自分に都合良く利用した結果、何でもかんでも差別が原因にしてしまう。

勉強が出来ないのも就職が上手くいかないのも実力ではなく差別が原因。

差別者は被差別者に償いをすべきだという考えに陥っていきます。

弱者の立場を利用した脅迫が社会問題になり、部落差別問題は逆に悪化することとなりました。

自己責任論と差別

私は基本的に世の中は自己責任であるという考えを持っています。

自分が望むように生きるには自分自身が強さと実力を備えるのが合理的だからです。

一方で、極端な自己責任論に偏ることは悪と考えてもいます。

例えば…

部落差別の始まり自体は、被差別者の人達にはどうしようもないことです。

努力もせず、就職氷河期を理由に「就職氷河期が悪い」と腐る人がいる一方で、就職氷河期でなければ就職が容易だった人もいるでしょう。

自己責任だけでは片付かない問題もあるわけです。

だからこそ平等に価値があると思うのですが…

差別問題には必ずといって良いほど欲望が絡むので、平等の価値が当事者によって損なわれています。

近年のジェンダー平等問題について、私は真摯に活動している人を知っているから悪い印象は持っていないんですよ。

ただ、過激化して難癖をつける風潮は朝田理論と同じであると考えています。

言ってしまえば歴史の繰り返しです。

いつの時代も、平等を訴える人の多くは平等ではなく優遇を求めているので、平等は永遠に来ないと考えてしまうわけです。

難癖をつければ誰もが差別し差別されるもので、線引きは曖昧です。

人間性の伴わない社会に平等は存在しない。

真に平等を求めるなら自分が良識を備えることから始めなければいけません。

まあ、そもそも何を平等とするかにもよりますが。

人の社会が平等だったことはなく、平等を目指した共産主義は破綻しました。

差別の解決方法が平等というのが安易な発想なのかもしれません。

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