「覚える」と「理解する」は雲泥の差

哲学系記事
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物事を初めて行う時は「やり方」を覚えるものです。

それは知識であり、言うなればマニュアルです。

マニュアルは誰でも簡単に出来るという利点がありますが、マニュアル外の事には対応出来ないという欠点もあります。

また、複雑な物事をマニュアル化すると膨大な量になってしまうので限界もあります。

一方で、物事を理解し、自分で考えながらこなしていく人は対応に限界がありません。

膨大なマニュアルを暗記する必要もなく、イレギュラーな事態にも容易に対応出来ます。

知識を頼りにする人と考えて行動する人では雲泥の差がつくわけです。

今回は、そんな話をしようと思います。

構造を理解する必要性

Ubereatsの配達ノウハウを扱った記事や動画は地味に人気があります。

ギグワーカーは自由度が高い反面、マニュアルに慣れている人には何をすれば良いのか分からなくなるからです。

何時頃に初めて、どこのエリアで稼働して、どのような戦術を取るか…

そういった手っ取り早いマニュアルが初心者には好まれます。

分かりやすいし、一定の成果が挙げられますからね。

ただ、それをやるんだったら普通にバイトした方が良いんですよ。

Ubereatsは考える人向けの仕事です。

ある程度稼ぐためには、注文が来やすい穴場のエリアを開拓したり、新しい店をチェックしたり、地理を頭に入れて時間のロスを無くしたりする必要があります。

今のUbereatsは配達員が増え過ぎて仕事を取るのが難しくなりました。

ボーっと待っているだけでは最低時給にすら届きません。

如何にして注文を取るか、如何にして注文を受やすい態勢を維持するかが鍵です。

Uberのシステムは公開されていませんが、トライ&エラーを繰り返していくと段々わかってきます。

システムの都合を理解して上手く立ち回ることで稼ぎに繋がります。

また、配達速度よりも受け渡しのロスを少なくなるように工夫した方が総配達時間は短くなります。

お店についてボーっと待ってるだけだったり、受け取った後の梱包にもたついたりしていると効率は悪くなる。

配達先の住所が雑だったり、受け渡し場所に現れないこともあるので、お客様情報のチェックは欠かせません。

テキトーに来た仕事を受けてパッと見て配達する人と戦略的に動く人では明暗がハッキリ分かれるわけです。

やり方を覚えるだけだと、そのやり方が通じなくなった時に打つ手がありません。

新しいやり方を調べて覚えなおすのもストレスになりますし、案外やらない人が多いです。

構造を理解していないから新しい対応策も思いつかず、結果的に従来のやり方に固執してしまいます。

Uberの労働条件は悪くなる一方ですが、稼げないままUberそのものに固執してしまう人も多いです。 

Uberの構造を理解していれば、長期でやる仕事には向きませんし労働条件は悪くなる一方であることが分かります。

サイクリングがてらに小遣い稼ぎとか、副業としてなら全然構いません。

本業としては…必ずどこかで見切りをつけないと貧しくなってしまうものです。

公正世界仮説

人の行いには公正な結果が返ってくるという価値観は強く、日本においても広く信じられています。

良いことをすれば良い結果が、悪いことをすれば悪い結果が返ってくる

それは公正世界仮説と呼びます。

「努力は報われる」とかが代表的ですね。

世の中の不条理に接して「そんなことは無い」と分かっている人でも公正世界仮説に囚われていたりします。

例えば、イジメの問題。

「いじめられる側にも原因がある」

と考える人が一定数います。

まあ、実際に原因がある場合もあるんですよ。

しかし、イジメは何の落ち度もなく始まったりもします。

人気や容姿に対する妬みだったり、単純に運が悪かったり、イジメをする側の気まぐれから始まることもあります。

にも関わらず、被害者に原因があると考えてしまう。

いわゆる因果応報という考え方で、これは公正世界仮説が根底にあります。

では、ここで質問です。

「悪徳な政治家が殺されました」

そう聞いた時…どんな原因があると考えますか?

多くの人は

「誰かの恨みを買っていたんだろう」

「ヘマをして裏社会に消されたんだろう」

などと考えると思います。

その質問に私が設定した答えは

「無関係の通り魔に刺された」

です。

私の質問は明らかに情報不足です。

だから、その時点での正解は「分からない」なんですよ。

しかし…

「悪人だから死の原因が悪行にある」

無意識にそう考えてしまうわけです。

公正世界仮説はほとんどの人間の根底に根付いています。

それは精神の安定を図ると同時に、判断を狂わせるものでもあります。

この話を覚えただけだと「そうなんだ」と思いながらも、ワイドショーで叩かれている有名人を「悪い奴だ」と思ったりします。

森喜朗前会長がマスコミの捏造で叩かれていますが

「なんか嫌そうな奴だし、悪いことをしたんだろ」

と、ロクに調べもせずに叩く人が多い。

そもそも、この人はマスコミと敵対したため「悪人」として偏向報道され続けた人なので、嫌われていること自体が捏造によるものです。

公正世界仮説を理解すると、自分の思い込みの多さに気付くものです。

誰かの意見

色々な記事でも話していることですが、誰かの意見を丸暗記して話す人が一定数います。

中には論理的におかしい思想を語る人も。

意見を覚えただけだから、それが正しいかどうかは人任せなんですよね。

なんか凄い人が言ってることを真似したら自分が凄いことを言ったみたいになる。

…というような感覚で語る人も多いです。

ただ、世の中は凄い人だけじゃなくて詐欺師やヤベー奴も目立つものです。

意見を覚えただけだと、凄い人なのか詐欺師なのか正しく判断することが出来ません。

意見の本質をきちんと理解していれば、それに気付けるわけです。

また、新興宗教みたいな勧誘がたまに来るのですが…

「みんなで祈ったら病気が治った」

などと奇跡エピソードを語ります。

「んなわけねえだろ」という話です。

彼らは祈りによって病気が治ったと思っていて、その根拠は「教祖がそう言っているから」なんですよ。

どんな人物であろうと所詮は人間です。

人知の及ばぬ奇跡を理解している可能性は限りなく低い。

つまり嘘をついている可能性が極めて高い。

じゃあ、何で嘘をつくのか?

そこまで理解しようとしている人は、そもそも信者にならないのかもしれません。

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