人を急激に成長させるタイミング

哲学系記事
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自分の未熟さを知る機会はなかなかありません。

成長することで初めて分かることも多いです。

未熟なままだと自分が上手くいかない理由すら分からないこともあります。

だからこそ成長が必要なわけです。

人を急激に成長させるタイミングというものがあります。

それは「精神的な自立」を経験することです。

しかし、経験していない人には今一つ理解出来ないものなので、今回は精神的な自立について話していこうと思います。

精神的な自立とは

精神的な自立は、一人暮らしみたいな物理的な自立とは違います。

自分の責任で生きていく覚悟を決めること、それを精神的な自立と言います。

精神的な自立は、問題と向き合う意志が無いと訪れないものです。

嫌なことから逃げたり、消極的にこなしているだけじゃ自立することはありません。

そのため、大人になっても自立をしていない人は多く、自衛隊では定年間際でも自立出来ない隊員がゴロゴロいます。

精神的な自立は人生の大きな変化になるので、自立をしているかしていないかで大きく差が開きます。

例えば、会社員の場合。

何も考えずに言われた仕事をやって、ミスをしたら怒られるかどうかばかり気にしてしまう。

これは自立していない人です。

自分のしていることが組織にどんな影響を与えるか理解して仕事をし、ミスをした時は組織にとって最善の対策を考える。

これは自立している人です。

「組織に面倒を見てもらおう」というマインドと「自分の役割を果たそう」とするマインドの違いです。

精神的な自立が出来ていないと、精神の根底に

「誰かが何とかしてくれる」

という考えを持ち続けます。

それは同時に、誰かが何かをしてくれないことに不満を抱きやすくなるものです。

子供が親に「おもちゃを買ってくれない」と不機嫌になるのは精神的な自立をしていないからです。

もちろん、大人になって給料を貰うようになったら欲しい物くらい自分で買うでしょう。

しかし、別の形で表れます。

「会社が給料を上げてくれない」

「社会が自分を助けてくれない」

みたいに誰かが何かをしてくれることを求めてしまう。

本質的には変わらないわけです。

精神的な自立を果たした人なら給料が上がるように色々考えて行動しますし、自分が出来る範囲のことは自分でやるものです。

精神的な自立を果たした人は能力が高くなりやすく、周りから信頼を得るようになります。

人や社会に対する甘え

精神的な自立を果たしていない人は、何かに依存していないと不安なものです。

子供のうちは助けてくれる大人もいるから何とかなりますが、大人になるにつれて依存出来るものが少なくなっていきます。

特に精神的な支えを求めるようになります。

誰しも精神的な支えがあると心強いものですが、それを過剰に求めるのは依存です。

宗教に類似するものだったり、人だったり、集団だったり、SNSだったり、有名人や動画投稿者だったり様々です。

依存先に飢えている状態で琴線に触れるものがあると、自分に都合良く妄想して依存しようとしてしまいます。

これは騙されやすい状態で、非常に危険です。

今も昔も依存する人を詐欺師は狙います。

依存する安心感と引き換えに財産や安全、挙げ句の果てには将来を奪われてしまいます。

精神的な自立を果たすと自分を支えに生きていけるようになるので、何かに依存する必要がなくなります。

それは、幸せなことなんですよ。

私の知り合いの友人に専業主婦になった人がいます。

その人は「働くのが辛いから結婚したい」という理由から婚活パーティーで出会った人と結婚しました。

依存先を求めて結婚したわけです。

案の定、結婚生活に慣れると色々と不満を持つようになって

「旦那が自分で弁当作らない」

「旦那はいつも家にいない」

など、いつも愚痴をこぼしていたんだとか。

しかし、子供が出来たことがキッカケで変わりました。

色々と積極的に動くようになって愚痴を言わなくなり、逆に旦那さんを気遣うようになったそうです。

私は実際にその人に会ったことが無いのでハッキリとは分かりませんが、その話を聞いて精神的な自立を果たしたのだと思いました。

一時期は危なかった夫婦仲も良くなり、今は楽しそうに身の回りの話をするようになったそうです。

何がキッカケになるかは分からないものです。

ただ一つ言えることは、自分の抱えている問題から逃げずに向き合ったのだと思います。

責任感

自衛隊時代、私の部下が大事な器材を雑に扱った挙げ句、床に落として壊してしまいました。

100万円以上するやつです。

部下の報告を聞いてゾッとしました(笑)

部下は平謝りしていましたが、私は

(謝るだけで済むからいいなあ…)

と、思っていました。

部下は責任をとらなくても良いんですよ。

謝るだけで済むから、その先のことは分からない。

だから、壊してはマズイ器材を雑に扱えるわけです。

当然ながら責任を取るのは私です。

報告書を作成して、器材を修理に出して、変わりの器材を借りられる部隊を探して、借りる手続きをして、車で受け取りに行く。

器材は訓練に使う予定だったのですが、その直前に壊されたので大急ぎです。

自分の仕事はそっちのけで取りかかって…ギリギリ間に合いました。

間に合わなかったら相当ヤバかった。

もし、間に合わなかったら…私でも責任が取れない事態になるところでした。

「責任」や「責任感」というものを理解していない人が結構いるんですよ。

部下は平謝りする中で「責任を取ります」と言っていたのですが、私からすれば「どうやって?」という話です。

部下に変わりの器材を用意出来るとは思えないからです。

器材を壊した際の責任を取れないから、壊さないように気をつけるのが部下の責任なんですよ。

それを理解するのが責任感というものです。

部下の失敗の責任は私にあります。

上に報告して修理に出し、訓練までに変わりの器材を用意することが私の責任です。

この責任が果たせなかった場合は、さらに上司が責任を取ることになります。

訓練の中止や延期を打診したり、訓練内容を一部変更したり…

数百人規模の予定が変わり、部隊のスケジュールに大きく影響してしまう。

責任を果たせないと大事になっていくわけです。

責任感と精神的な自立には密接な関係があります。

精神的な自立を果たせていないと、自分の役割や責任の本質について考えないからです。

先にも述べた通り「失敗したら怒られる」という認識なので、組織への影響はボンヤリと頭にあるだけ。

それはつまり責任感の欠如です。

組織で仕事をするにあたって、責任感は極めて重要なんですよ。

本来なら、精神的な自立をしていない人に責任のある仕事は任せられないわけです。

しかし、現実は自立していない人も多いので、責任転嫁が発生してしまう。

責任を取るために責任者がいるのですが、責任者が保身に走れば部下に責任を押し付けます。

組織が1人に責任を被せることも…最近はよく聞く話です。

自分が果たせなかった責任を上司が取ってくれるとは限りません。

それに文句を言ったところで、不利益を被ることには変わりありません。

身を守るためにも精神的な自立は必要なんですよ。

もし、全力で責任と向き合って、それでも駄目で、上の責任を自分に押し付けられてしまった場合は…

「クソが」と言って去りましょう。

上層部に責任感が無い組織はヤバいですから。

精神的な自立を果たせなくても出世はします。

自衛隊ではどんなに無責任で無能でも…評価基準が別にあるので出世してしまいます。

一般企業でも年功序列やコネは強いですし、無責任な人は多いです。

一緒に仕事をするなら責任感のある人の方が良い…のですが、自分に責任感が無いと信用されることもありません。

組織にぶら下がるだけの存在になるか利益をもたらす人間になるかは責任感が大いに関係していて、ひいては精神的な自立が必要になってくるわけです。

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