良薬は口に苦し、ゆえに求められない

哲学系記事
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良薬は病気にかかっている人が求めるものですが、普通の人が好んで飲むものではありません。

同様に誰かの痛みを解決する話や行動は価値があるものの、それを求める人は少ないものです。

一方、お菓子は毒にも薬にもなりませんが多くの人に好まれます。

娯楽や楽しい気分になる話は何かを解決する訳ではありませんが、それも人にとっては必要なものです。

普通の状態の人が好むものが最も求められるので、多くの人をターゲットにするなら良薬よりお菓子を売った方が良い。

しかし、世の中から良薬が無くなると困る人も出てきます。

今回は、そんな話です。

「良薬」となる話

誰かの痛みを解決する話は、その価値に対して求められることが少ないです。

例えば「うつ病の克服の仕方」という話があったとします。

うつ病の人にとって痛みの解決に繋がるかもしれないので重宝されますが、うつ病に関わりの無い人には興味のない話です。

普段から良薬を飲みたがる酔狂な人間は、私みたいに変な奴か知的好奇心の強い人間くらいでしょう。

さらに、良薬は苦い…つまり読むのが辛いこともあります。

人生の問題を本気で解決しようと思ったら、見たくもない自分の弱さと向き合う必要が出てくるからです。

もちろん無駄に話を苦くするのはアホだと思いますが、苦さを取っ払ってしまうと効果も無くなってしまいます。

苦さと効果のバランスが取れた話が「良い話」なのかなと思っています。

苦過ぎると読む人も少ないし、読んでキレる人も多くなります。

苦さを徹底的に排除すると、何の役にも立たない偽薬になってしまう。

どちらにせよ読む人は少ない。

だから必然的に慈善事業になってしまうんですよね。

まあ、慈善事業だとしても話を聞く人がいなくなるので、良薬だけを話すのはオススメしません。

しかし、良薬を話す人がいなくなると社会が困ってしまいます。

「お菓子」となる話

娯楽や楽しい気分になる話は求められやすいです。

前述の通り何かを解決することにはなりませんが、気分を変えるというのは大事なことです。

難しい話ばかり読んでいると眉間にシワが寄るので、適度に娯楽を挟むのも必要になります。

日常生活で楽しい話をしたり、ふざけたりするのも重要なことです。

お菓子となる話は、そういった時に必要な価値観を広げてくれます。

ただ、人は娯楽ばかりだと飽きてきます。

好きなお笑い芸人がいたとしても、ずっとその芸人のネタを見続けられる人はいません。

人は娯楽と同時に真面目な話も好むんですよ。

だから娯楽に片寄り過ぎるのもよくないわけです。

たまに娯楽の存在を否定する人がいるのですが、人は娯楽無しに生きていけないものです。

昔受けた相談で

「母親にYoutubeを見るのを禁じられている」

「でも、母親は韓流ドラマを見ている」

母親曰く「韓流ドラマで勉強している」とのこと。

話を聞いてスゲー笑いました。

娯楽を否定する人は、自分の娯楽を違うものに言い換えているだけで結局は娯楽を楽しんでいます。

人を楽しませるものに無駄なものなんて無いんですよ。

「体に良い物」となる話

経験則ですが…人に最も好まれるのは良薬でもお菓子でもなく、人生に役に立つ話です。

体に良い物ってなんとなく食べたくなりませんか?

心理的な効果もあって、物によってはハマりやすいので継続的に食べてしまうものです。

人生に役に立つ話も同じなんですよ。

人間の高度な欲求に能力や個性などを向上させたいというものがあります。

自己実現欲求というものですね。

普段は怠惰に生きている人でも「痩せたい」と思ったりするように、理想の実現は人間的な欲求なんですよ。

だから人生に役に立つような話は本能的に好まれます。

一度でも自分のプラスになったら継続して求めるようになります。

ただ、承認欲求と同じように利用されやすいものです。

実際にプラスになったかどうかではなく、プラスになったような気がするだけでも欲求は満たせます。

難しい話を好む人は少ないですが、難しくない真面目な話を好む人は多いです。

毒にも薬にもならない話をして集客するセミナーもありますからね。

私の記事は「そうなったら嫌だなー」と思いながら書いているのですが…

自分でも渾身の出来だと思える記事ほどクソ難しくなるので、読まれないというジレンマを抱えています(笑)

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