ヤベー奴ほど面白い

哲学系記事
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私はよくポジティブな意味でもネガティブな意味でもヤベー奴という表現をします。

人は協調性や処世術によって大体似通るのですが、極めてオリジナル性を発揮するのがヤベー奴です。

それは良い資質でも悪い資質でも言えることです。

哲学的に一般的な価値観はサンプルが十分に集まっているのですが、ヤベー奴のサンプルはいくらあっても足りません。

大なり小なり自分の見識を越えてくるからです。

ヤベー奴ほど面白い。

今回はそんな感じの話です。

獣の資質

「論理と獣のフィールドで戦う」という記事で定義する獣のフィールドで戦う人はヤベー奴が多いです。

詭弁や言い訳を拳で粉砕する人もいれば、すぐにキレて会話が通用しない人もいます。

獣のフィールドにおける獣の資質は、自衛隊や職人、反社会勢力などヒエラルキーの高低で天国と地獄が分かれるような場所で養われます。

暴力的で弱肉強食な価値観から獣のフィールドと名付けました。

獣の資質がポジティブに働く人は「論理+獣」、ネガティブに働く人は「獣+弱者」の資質を合わせ持っています。

論理的な思考と獣の資質を合わせ持つ人は、圧倒的な強者感を漂わせています。

自分の事は全て自分で責任を持つマインドがあるので、反社会勢力の人であっても落ち着いた雰囲気を持ち、道理をわきまえています。

争いになることに抵抗がないので、論理的な人が苦手とする感情論者を畏怖させて黙らせることが出来ます。

かといって論理的でもあるので、建設的な話し合いにも応じることが出来る。

これらの要素から、私は人が生きていく上での理想が「論理+獣」であると考えています。

一方で、獣の資質と弱者の思考を合わせ持つ人は厄介です。

弱者の思考は他力&他責思考でもあるので、行動の責任を自分で取りません。

高圧的に不満を訴えたり、同情を引いて自分の都合を叶えようとします。

精神的に未熟な子供社会で多く見られることから、私は弱者のフィールドと名付けています。

「サイコパス観察記録」という記事で私が定義する「普通のサイコパス」も弱者の思考が強いです。

これに獣の資質が合わさると非常に面倒臭い。

攻撃的に周囲の人間を威圧しつつ、反撃を食らうと弱者になる。

例えば

「おら、殴ってみろよ!」

と突っかかってきて、殴ると

「殴られた!訴えてやる!」

と被害者になったりします。

関わると面倒ですが、イレギュラーな行動をするので傍から観察すると面白いです。

強烈な世界観

「強烈な世界観は武器になり得る」という記事で主に触れていますが、強烈な世界観を持っていると客観的に見た時に面白い人が多いです。

世界観が強過ぎて、良くも悪くも一般的な感覚とはかけ離れています。

私みたいに変な奴だったら直接関わるのも面白いと感じますが、普通の人が直接関わるとストレスに感じやすいです。

ただ、普通の人が面白いと思うのはフィルター越しに見た強烈な世界観です。

テレビやyoutube、ブログや本など客観的に見れる媒体では強烈な世界観が輝きます。

世界観は個性に直結するからです。

フィルター越しに見て面白い人ほどヤベー奴が多い。

この手の人達は発言や行動が想像の斜め上を行くので、本当に面白いです。

「今日は天気が良いね」

という話題に対して

「1008ヘクトパスカルらしいよ」

みたいな返答を素で返してきます。

一般的な感覚とかけ離れた世界観で生きているので、一般的な返答をしないんですよ。

そんな人達でも社会に馴染もうと努力はするのですが、死ぬほど下手だったりします。

一般的な感覚が分からないからです。

通常とはベクトルの違うコミュ障ですね。

共感能力で自分が相手に合わせたり、相手が自分に合わせることを期待する人からすれば理解出来ないものです。

面白いと感じる人もいれば不快に感じる人もいる。

良くも悪くも注目を集めやすいわけです。

人によっては拗らせて視線恐怖症になることもあります。

彼らはエンターテイナーとしての才や突出した個性など、人が憧れる要素を持っています。

しかし、彼らは望んでそうなったわけではなく、むしろ普通が出来ない事を気にしている人が多かったです。

個性に憧れる普通の人と、普通に憧れる突出した個性の人。

隣の芝は青く見えるという事なのかもしれません。

高知能

IQ(知能指数)が高い人は漠然と優れていると思われがちですが…

必ずしも論理的な思考をするわけではありませんし、人間性に優れているというわけでもありません。

生き方や環境に左右される点は普通の人と何ら変わりがありません。

知能が高い感情論者の場合、次々と詭弁を展開して自分の都合を通そうとします。

これを論理的に破るのはほぼ不可能で、前述した獣の戦い方が必要になります。

面と向き合うと面倒臭いですが、やはり客観的に見ると非常に面白いです。

ライフワークでTwitterの過激な主張をする人達を観察しているのですが、詭弁や破綻した論理を見るのが面白いので趣味になりつつあります。

そういった人達の心理を解明するのも知的好奇心を満たして面白い。

一方で、論理的で知能が高い人の意見も面白いです。

基本的に社会は論理で回っていますが、世間一般的な価値観は感情論が強いです。

そのため、社会が感情論に引きずられて度々迷走することもあります。

それぐらい感情論の勢いは激しいものです。

その中で、極めて論理的な意見はドン引かれることが多いのですが…論理に偏る人ほど容赦なく核心をついた意見を言います。

論理的な意見の内容もさることながら、感情的な人達の反応も面白い。

怒り狂う人は心のガードが外れて内面がダダ漏れになります。

世の中の理と一般的な価値観のズレが垣間見える瞬間ですね。

例えば、社会保障についての意見で

社会保障には財源が必要なので限界がある

社会保障は税金…つまり国民全員の負担

余力があるから社会保障が出来る

低迷した経済では国民全員の首を締めることになる

大勢を生かすためには弱者を切り捨てる必要がある

合理的ですが、そりゃまあキレる人もいるわなと思います。

一応弁護すると、論理に偏る人は自分が切り捨てられる側でも同じ事を言うんですよ。

強者の傲慢ではないということですね。

論理に偏るほど感情を考慮しなくなります。

ただ、人の幸福は感情によるものなので、論理に偏り過ぎても幸せとは限らない。

私も論理側の人間なので、論理的な意見に賛同しがちですが…

感情を考慮しない意見は独善的になりやすいので、見ていて参考になるのは感情も計算に入れた論理を話す人です。

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