善意で成り立つ権利

哲学系記事
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自分の権利を主張する事自体は悪いことではありません。

ただ、その時に他人の権利やモラルに配慮出来ているでしょうか?

権利の中には、定められた権利とは違う「善意で成り立つ権利」もあります。

それは人の善意とモラルによって守られている事です。 

今回は、そんな感じの話です。

1 定められた権利

日本では思想の自由が認められています。

人がどんな思想を持っていようが自由…というのは当たり前のように感じるのではないでしょうか?

一方で、中国共産党が統治する中国では言論の自由が認められていません。

日本でよくあるような政権批判は処罰の対象です。

現代人は当たり前のように権利を行使して生きています。

認められている権利を行使するのは悪いことではありませんから。

しかし、権利があるからといって何をしても良いという訳ではありません。

例えば、他人の権利を侵害してはいけないんですよ。

これは個人的な解釈ですが…

言論の自由があるからと誹謗中傷を繰り返し、誰かを自殺に追い込んでしまう場合。

これは他者の生存権を脅かしているのではないでしょうか?

権利を主張する人達の中には、他者の権利を侵害することを考えない人もいます。

他者の権利の侵害は犯罪として処罰されないこともありますが、憲法を破っているんですよね。

一方で、権利が権利を上回る場合もあります。

「未成年の子供の安全のためにスマホをチェックする」

これはプライバシー侵害に取られそうですが、「子供の安全を守る」という親権の行使が認められています。

ただ、これが成人した子供に対して行っていたらアウトですし、未成年でも理由が親権の範囲外ならプライバシー侵害になります。

権利の行使って意外と難しいんですよ。

自由が認められているからと言っても他者の自由に配慮しなければならないので、人が集まった社会では必ず制限が付きます。

面白いのが有給という権利です。

休みを取得しつつ給料も支払われるので会社は嫌がりますが、法律で定められた権利だから会社は拒否出来ません。

むしろ、有給を消化する義務すらあります。

かといって会社の損害になるような取り方は出来ないので、好きなように取れるわけではありません。

実際に取得するなら、会社と相談しながら取る必要があります。

定められた権利というものは条件が付きますが、基本的に行使して良いものです。

善意で成り立つ権利

例えば、電車の優先席を譲るという行為は善意によって成り立っています。

優先席の利用に該当していれば

「席を譲ってもらう権利がある」

と考えてしまうかもしれませんが、法律的な強制力はありません。

「譲ってくれ」と交渉する場合は、逆に強要罪に問われる可能性があります。

電車の席に座ることは誰もが持つ権利です。

基本的にその権利を侵害することは出来ません。

電車で席を譲ることは、善意によって自主的に権利を手放す行為なんですよ。

しかしながら、譲られるのが当然だと考える人や、譲らない人を非難する人もいます。

論理的に考えると、それは不当なんですよ。

まあ、かといって電車で立ってるのがツライ人もいるから譲ってあげるべきだとは思います。

少し前に電車の中で見た出来事で…

車両の端が車椅子等を置ける優先エリアになっていて、その位置で若いお兄さんがスマホを操作していました。

電車はそこそこ混んでいます。

駅について、ベビーカーを押した女性二人が乗り込んできました。

女性二人はお兄さんの前に来て

「すみませーん、どいて下さーい」

と場所を譲るようにお願いしました。

お兄さんは無言で頷いてスッと離れたのですが…

その後、女性二人が

「ベビーカーを見たら言われる前にどいて欲しいよね」

「こっちが気を使うのおかしくない?」

「優先だって分からないのかな」

などと、お兄さんに聞こえる声で非難し始めました。

さて、皆さんはどう思うでしょうか?

私の考えでは、お兄さんは少々不親切ではあったと思います。

しかし、非難されるような事はしていないとも思っています。

混んでいる車内でその場所にいるのは変なことではありませんし、言われたらスッと離れてますしね。

そこが女性二人の予約席なら、お兄さんがいるのはおかしいんですよ。

わざわざ声かけないといけないという不満も分かります。

しかし、相手の善意で成り立つ権利を行使する時に、声をかける手間が不満というのは少々ワガママな気もします。

社会的なモラル

善意で成り立つ権利は結構あちこちで見かけます。

私としては社会的に必要なモラルだと思いますし、人の善性に期待しなければ解決しない問題は多いです。

しかし、強制力はありません。

善意で成り立つ権利を行使する時は、相手の善意を求める以上、自分も善意を持って接するべきだと思っています。

相手のモラルに期待しているのに、自分はモラルを守らないって変ですからね。

相手からすれば無視しても構わないわけですよ。

前述のベビーカーの女性は「いちいち声をかけるのが面倒臭い」ということなんだと思います。

仮に「自分は優遇されるべきだ」と考えていたらヤベー奴だと思いますが、そういう訳でもなさそうでした。

まあ、確かに面倒臭いだろうなってのは分かるんですよ。

ただ、面倒臭くても丁寧にやっていくしかない事もあるんですよね。

身辺警護の仕事をしていると、クライアントを盗撮しようとする輩が多くてクソ面倒臭いんですよ。

その度にクライアントの盾になったり、注意したりしなければならないのでウンザリしてきます。

だからといって高圧的に接したらクライアントの評判が悪くなるかもしれません。

だから、相手が不当な行為をしているにも関わらず丁寧に接する必要があります。

…で、その中には優先席を譲られるような人もいるわけですよ。

これは私にも言えることですが、他人の権利については意外と考えないものです。

根本的な原因を解決するにはモラルを向上させるしかありません。

しかし、自分がモラルを守っていないと他人に要求するのは難しい。

社会的なモラルを期待するなら、まず期待する側が守っていないと話にならない…と思っています。

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