必要なのは才能より克己心

哲学系記事
スポンサーリンク

自分なりにスゲー頑張ったと思っても、その分野では中の下にもなれない…

わりとよくある話です。

この時、「才能が無い」という言い訳を使ってしまいがちです。

しかし、どちらかというと足りないのは克己心だったりします。

自分なりの努力が人並み以下だったら、人並み以下の結果になるのは普通の事です。

この「自分なりの努力」を人並み以上に変えていくのが克己心なんですよ。

今回は、そんな克己心の話です。

克己心とは

欲望や邪念を振り払って、甘える事なく目標の達成を目指す。

そういった強い心を克己心と呼びます。

欲望、邪念、甘えは抱きやすいもので、目標の達成を困難にします。

例えば…

頑張っている姿を演出して、結果を出さずに認められようとする。

辛くなったり不安になると、すぐに逃げ出してしまう。

本当は出来る事を「~だから仕方ない」と言い訳をする。

これらは大抵の人が経験をするものだと思います。

もちろん、そんな状態では十分な結果など出せる訳がありませんよね。

人は最初、誰しも心が弱いのでそうなります。

ただ、人生の中で厳しい経験をして、逃げずに立ち向かう事で強くなっていきます。

なんかスゲー事を成し遂げるのではなく、ほんの小さな事の積み重ねです。

学校や職場に馴染めないけど、頑張って慣れようとする。

嫌な奴に歯向かう。

部活の練習がキツくてもサボらない。

眠くても、ちゃんと早く起きて朝食を食べる。

そういった小さな行動の積み重ねが克己心に繋がっていきます。

克己心は、己に克つ…自分に負けない事です。

言い換えると「めんどくさい」「怖い」「苦しい」「辛い」という気持ちに負けない事ですね。

自分なりの努力のレベル

サバゲーやタクティカルトレーニングは一般の人もよく参加します。

むしろ一般の人の割合の方が多く、趣味としては別に構わないと思っています。

ただ、それによって兵士としての実力があると錯覚する人もいるんですよ。

体力やチームワークの問題もありますが、何よりも軍事行動に対する克己心が違う。

訓練では重い防弾ベストやヘルメットなどの装備をつけて、銃を持ち、何kmも走ります。

演習では20kg以上あるリュックを背負い、数十kmを歩いてから3日3晩ほとんど寝ずに訓練します。

豪雨の中で穴を掘り、その中で寒さに震えながら食事したり仮眠を取ったりもします。

真夏には水筒の水が空になっても、補充することなく訓練が続きます。

キツめの訓練では限界を迎えて歩きながら寝ることもあります。

そんな状況は自衛官でも辛いんですよ。

心底嫌だし、帰りたいし、投げ出したい。

訓練から帰ったら辞めようと何度も考えます。

それでもやり遂げる。

死ぬほどキツくて嫌な事を何度も繰り返して耐性をつけていくわけです。

実際の戦闘はそれより遥かに過酷でしょうし、訓練をしてないと耐えられないですから。

現職と一般人では比べようもないくらい差があるんですよ。

どれだけ戦争映画やアニメを見ていても、経験しなければ分からない努力のレベルがあるという事です。

これは自衛隊に限らず他の事にも言えることですね。

毎日2時間勉強して

「自分はしっかり勉強している」

と思う人がいる一方で、時間など気にせず寝る間を惜しんで勉強している人もいる。

高いレベルに辿り着くのは言うまでもなく後者です。

自分なりの努力を高めるには…高いレベルに触れるか、自ら限界を越え続ける必要があります。

高いレベルに触れて、追い付こうと自分を奮い立たせる。

怠惰に流れそうになる気持ちを抑えて、限界を突破し続ける。

どちらにせよ克己心が必要です。

克己心は必要になる

人生の中で克己心を鍛える事は、才能なんてものより遥かに重要なんですよ。

それなりの人生を手に入れようとするなら、乗り越えなければならない課題は腐るほどありますから。

但し、鬱病の人は気にせず休んだ方が良いですし、発達障害の人に出来ない事があるのは仕方ないことです。

ただ…それを「出来ない事が許される」と捉えて逃げ道に使ってしまう人が多い。

鬱や発達障害を自称し、自分の弱さや能力不足をそのせいにする。

「人は免罪符を求める」という記事でも書きましたが、自分が頑張らないことの免罪符にしてしまうわけです。

正直、私は頑張らない事を責めるつもりがない…というか、知らない誰かの事なんて知ったこっちゃないです。

じゃあ、なぜ克己心が必要だと言うのか?

それは単純に現実が許してくれないからです。

どんなに甘い言葉で自分を肯定しても、免罪符を求めても、現実に直面したら立ち向かえないんですよ。

「嫌な事から逃げるのが悪い」と言いたいのではなく、現実問題として世の中で通用しなくなっていく事を伝えたいわけです。

不安やプレッシャーでパフォーマンスを落としている人に

「お前は頑張らなくても良い、気楽にいこいう」

と伝えたら良い効果があるかもしれません。

しかし、嫌な事から逃げている人に同じ事を伝えたら、大丈夫じゃないのに「自分は大丈夫」と思い込んでしまうかもしれない。

どっちかと言えば後者の方が多いと考えています。

だから、読んでいる人が不快になるのを分かっていて書いてます。

克己心を鍛えずに逃げ続けた人がどうなるか…という例は腐るほど見てきました。

自分を省みず世の中を恨み、幸せそうな人や結果を出した人を憎み、自分の不幸を何かのせいにしたまま救われない状態です。

人は気をつけていないと歳を重ねるごとにプライドばかりが肥大していきます。

高まったプライドが邪魔をして、克己心を鍛えることが出来なくなってしまう。

早いうちに、取り返しがつくうちに克己心を鍛えていくことが必要だと考えています。

コメント

Copied title and URL