言葉の正しさは軽視されがち

哲学系記事
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言葉の判断基準が内容ではなく外的要因を重視してはいないでしょうか?

「僕らは生まれながらにしてクリエイターだ」

スティーブ・ジョブズの名言です。

…嘘です(笑)

新橋の居酒屋でベロンベロンになったオッサンが言ってた言葉です。

印象が180°変わった人もいるのではないでしょうか?

言葉の正しさではなく、誰が言ったかどうかで受け取り方は変わります。

言葉自体の正しさは意外と軽視されがちです。

今回はそんな感じの話です。

誰が言ったか

どんなに有名な人間だろうと、どこの馬の骨か分からない人間だろうと、正しい事も間違った事も言うものです。

まあ、そんな事は誰もが分かっている事だと思います。

しかし、実際には多くの人が言葉の内容ではなく誰が発言したかを重視します。

例えば、有名な小説家と無名なただのオッサンが、それぞれ「小説の書き方」という本を出したとします。

大抵の場合、売れるのは小説家の本でしょう。 

なぜなら信用があるからです。

実績を残した人が書いた本の方が良さそうに見えますからね。

ただ、ちゃんと考える人は読み比べてから買うんですよ。

小説家としての信用は「面白い小説が書ける人」という信用です。

「人に小説の書き方を教える」という信用ではありませんから。

それでも多くの人は比べる事もなく買うでしょう。

なんやかんや知名度から来る信用を重視してしまうわけです。

言葉も同じなんですよ。

有名人が言う事が正しい訳ではない…と分かっていても、無意識に鵜呑みにしてしまう。

何らかの信用がある人の言葉には重さがあるからです。

自分で考えて判断するより、重さのある言葉を鵜呑みにする方が楽です。

さらに、それが自分に都合の良い言葉だったら…なおさら抗うのが難しくなります。

まあ、実績のある人や人格者の言葉は正しい事が多いですし、浅慮な人や素行不良な人間の言葉は間違っていることも多いです。

ある程度の判断基準になるのは当然と言えますが、絶対ではない。

「正しい意見に誰が言ったかは関係ない」

それは誰もが知っている事ですが、実際に活かせているかどうかは別問題です。

言葉の引用

自衛隊にいた頃、よく隊員に関する流言が飛びかっていました。

足の引っ張り合いが多いので、テキトーな噂を流す人が必ずいるからです。

ある時、先輩から

「◯◯三曹は自主訓練もせずに遊び歩いているから信用するな」

と言われました。

その根拠は、誰が広めたのかも分からない噂です。

なので、「またテキトーな噂じゃないですか?」と聞き返したら先輩が

「でも、火の無い所に煙は立たないって言うじゃん?」

と返してきました。

自説に説得力が無い人は、ことわざや名言を引用することがあります。

いい加減な話でも引用をすることで説得力が増すからです。

しかし、引用した言葉が正しいかどうかは分かりません。

「火の無い所に煙は立たない」

に対して

「根も葉もない噂」

という全く逆の意味のことわざがあります。

その時点で「火の無い所に煙は立たない」は信用の無い言葉なんですよ。

ちなみに◯◯三曹は遊んでいたのではなく、格闘技を習いに行ってた事が判明しました。

「根も葉もない噂」でしたね。

引用という手法は使い方を誤るとタチが悪いです。

引用の話で、Twitterでは自説を証明するために論文を引用する人もいます。

なんとなく論文を引用すると正しい事を言っているように感じます。

しかし、論文が正しいとは限りません。

例えば、「低糖質ダイエット」に関しては良いという論文も悪いという論文もあります。

自説に都合が良い論文を引っ張ってくるのなんて簡単なんですよ。

既に否定された論文を引用する人もいますし、論文とも呼べないようなガタガタな物を引っ張ってくる人もいます。

論文もまた自説に過ぎないので、きちんと立証されているか、どれだけ反証されたかが重要になります。

高名な学者や研究者でも自分の都合で捏造や偽造をする人もいますし、あえて情報を制限してミスリードを狙う事もあります。

WHOみたいな公的機関が平気でデマを流す世の中ですしね。

説明の中で引用をする事はもちろんありますし、私もよくやります。

ただ、引用元の信憑性まで考えている人は少ないです。

100%信用出来る情報なんてありません。

だから、出来る限り精査して情報の信憑性を確認する必要があります。

信憑性が無いものを故意に引用するのは…詭弁の類いではないかなと考えています。

片側からの意見

片側の立場に偏った意見は論理的とは言えないものです。

主観的な視点が強いと自分の立場から考えてしまいがちで、私自身もたまにやってしまったりします。

片側の立場に偏って考えると、物事の問題点に気付かない事もある。

例えば、私は過激派のフェミニストの意見は非論理的なものが多いので否定的ですが、普通のフェミニストが主張する意見は分かるのもあるんですよ。

例えば、コンビニに堂々とエロ本が置いてあるのが嫌だと言う意見。

私もBL本が目につく位置に堂々と置いてあったら普通に嫌だと思います。

また、男性の意見で

「女性は主観的な感情論ばかりで話が出来ない」

というものもあります。

ただ、主観的で感情論ばかりの男性も腐るほどいます。

単純にそういう人は目立つというだけなんですよ。

わざわざ自分サイドを否定する人は少ないから、片側から「男は~、女は~」という捉え方をしてしまうのだと考えています。

もちろん、主観的な感情論ばかりの女性もいますよ。

私が恋愛嫌いになった最たる理由がそれですし。

一方で、俯瞰的視点を持つ論理的な女性もいます。

生物学的な違いがあって、男は論理、女は感情に偏りやすいという一説があるのも分かります。

ただ…そもそもの話、人間性が成長していないと俯瞰的な視点や論理的な思考は出来ないんですよ。

この点は男性も女性も変わらないです。

人間には自分の属している派閥の方が優れていると思い込む心理的なバイアスがあります。

それは男女間に限らず色々な立場でも起きるものです。

片側の立場から見た時、都合の良い部分だけを見て、都合の悪い部分は見ないものなんですよ。

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