人は自己肯定感を失う事を恐れる

哲学系記事
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人は自分の価値が気になるものです。

自分に価値が無いと思える状態は非常に辛く、恐ろしい。

逆に、価値があると思えるほど自信が持てるし、メンタルが安定する。

「自分に価値がある」と思える心理を「自己肯定感」と言い、生きていくために重要な要素になっています。

自己肯定感を持つ方法として他者承認と自己承認があり、日本では他者承認に偏った価値観が強いです。

自己肯定感が低い状態で他者承認に飢えると承認欲求として表れます。

しかし、他者承認は難しく、承認欲求はなかなか満たされない。

自己肯定感の低い状態の不安感は攻撃性に変わりやすく、他者を見下して「自分の方が上だ」と思いたがるものです。

今回は、そんな自己承認と他者承認について理解を深めていく話です。

他者承認は難しい

他人から認められるためには、そもそも自分自身に価値が無いといけません。

人の価値は人間性だったり能力だったりと様々です。

ただ、その価値を築くのは簡単ではなく、努力と挑戦を重ねないと…まず無理です。

人は自己肯定感を求めると同時に、失う事を恐れます。

他人から認められる事を求めると同時に、他人から見下されたり馬鹿にされる事を恐れる。

他者承認を得ている人は、他者からの攻撃で自己肯定感を失うからです。

そのため、失敗や恥を恐れて行動出来ない人も多いです。

さらに、承認欲求が強すぎると…今すぐにでも満たしたくなるので、コツコツ価値を積み上げるのではなく簡単に出来る事で一発逆転を狙うようになる。

SNSで迷惑行為の動画を投稿する人達がまさにそれですね。

また、人に好かれる事で承認欲求を満たそうとする人もいます。

そういう人達は、極端に良い人を演じたり、全ての人に気に入られようとしたり、人に嫌われる事や拒絶される事を恐れます。

しかし、他人から見た自分の評価は不安定なもので、気分や価値観、誤解や嫉妬などで簡単に上下します。

人に好かれる事で自己肯定感を保とうとすると、自分の価値が激しく変動するのでメンタルが不安定になりやすい。

有名人みたいに大勢のファンに好かれていれば多少の上下は気にならなくなるものですが…

まあ、誰もが有名人になれるわけではありません。

何でも気軽に話し会える間柄の友人や恋人がいればそれも有効ですが、自分にも相手にもある程度の自己肯定感が無いと…作るのは難しいです。

さらに、他者承認には「依存」という落とし穴があります。

承認欲求に終わりはなく、定期的または常に承認を求めてしまうものです。

有名人なら大勢のファンから愛情を向けられるから問題はありませんが、そうではない人だと難しくなってきます。

そのため、自分に優しさや愛情を向けてくれそうな人を見つけると、承認を求めて依存してしまいます。

依存相手に価値があるほど承認欲求は満たされるので、基本的には自分より価値がある人に依存します。

ただ、依存される側からしたら、他人の承認欲求に答えるのって死ぬほど疲れるんですよ。

しかも、終わりがない。

そのため、よほど優しい人でない限り、依存された人はだんだん嫌気がさしてきます。

しかし、依存する側の人は、依存相手からの優しさや愛情や保護を引き出す事が何よりも大事です。

気を引こうとして嘘を重ねたり、時には自傷行為や自殺を仄めかして脅迫したりもします。

自己肯定のために他人をネガティブな思考に引きずりこもうとする。

しかし、引きずり込んだ人間には興味が無くなり、新たに価値のある人間を探しては引きずり込もうとす。

いわゆる「メンヘラ」と呼ばれる状態ですね。

そうなると、周りから人が離れていってしまいます。

私からすれば承認欲求ってリスクのわりにリターンが少ないんですよ。

ただ、他者承認自体を否定するわけではありません。

人の成長や挑戦を支えるのは他者承認だったりしますし、苦境を支えるものでもあります。

他者承認は一時的に自信を与えるものでもあるので、有効に働く時もあります。

しかし、他者承認だけに頼りきりだと精神が不安定になりやすく、病みやすい。

病んだ事を理由にさらなる他者承認を求め続けて、精神が自立しなくなる。

後述する自己承認を合わせて持っていく必要があります。

自己承認が出来ると強い

私が色々な記事で薦めている方法が自己承認です。

自分で自分に価値があると認める方法ですね。

簡単ではないですが…長期的に見ると他者承認より遥かに楽で、メリットも強いです。

自分で自分の価値を認めるためには、自分を納得させる必要があります。

自分を完璧に騙す事は出来ないので、嘘ではない実績が必要になる。

例えば、筋トレに真剣に打ち込んでいる人は自己肯定感が高い人が多いです。

厳しいトレーニングをしっかり積んできたという自負があり、自分の努力を自分が認めているからです。

ただ、ジムに行ってもテキトーに流していたり、最初から何かの力に頼りきりだと自己承認はなかなか得られません。

また、「筋トレしてきた」「ジムに行ってきた」自慢をする人が多いのですが…それは結局のところ他者承認です。

真剣に打ち込んでいるならともかく、筋トレ自体がテキトーだったら自己承認にはなりません。

誰に認められようが、誰にも認められまいが、「真剣に打ち込んできた」という自負が自己承認になります。

そのため、結果に関わらず自己承認は得られますし、結果に繋がれば大きな自信にもなります。

自分が成し遂げた事が増えるほど、それは恒久的な自信へと変わる。

時間はかかりますが、確実に自己肯定感が得られるわけです。

また、「卑怯なことをしない」「悪意に屈しない」などのルールを自分に課し、それを守り続ける事でも自己承認を得られます。

矜持(きょうじ)と呼ばれる自分の行動に誇りを持つ方法ですね。

これを繰り返していくと、自分を好きになるし自信を持つ事が出来ます。

ただし、ある程度難しい事じゃないと効果はありません。

また、自分をカッコいいと思える行動である必要もあります。

例えば「毎日パンを食べる」というルールを課しても、大して難しくないうえにカッコいいわけでもない。

当然ながら自己承認は得られません。

矜持もまた簡単ではないわけです。

自己承認のメリットは、他人に左右されずに自己肯定感を持つ事が出来る事です。

他人に認められなくても、他人から馬鹿にされても「自分に価値がある」と思い続ける事が出来る。

自分で自己肯定感をコントロール出来るので、メンタルがめちゃくちゃ安定します。

ただ、同時にデメリットもあって、それは特定の行動が出来ないと自己肯定感を失うという事です。

例えば、筋トレだけで自己肯定感を得ている人は、筋トレが出来ないと精神が不安定になっていきます。

「卑怯なことをしない」というルールを課した人が、欲望や恐怖に負けて卑怯に走ると自己肯定感を失います。

人は自己肯定感を失う事を恐れる

さて、タイトル回収です。

人は自己肯定感を失う事を恐れます。

例えば、人に嫌われる事を恐れる人は、人に好かれる事で自己肯定感を保っているからなんですよ。

そのため、たった1人に嫌われただけで酷く落ち込んだりするし、嫌われないために必死になる。

さらに依存する人だと、依存相手に嫌われたら絶望するし、嫌われたという事実を受け入れられなかったりします。

自分の中で現実を歪めて

「誤解されているだけ」

「実は特別扱いをされている」

など、事実を受け入れて自己肯定感を失う事を恐れ、妄想に走ることもある。

人に注目されて自己肯定感を得ている人は、人に見向きもされなくなる事を恐れます。

極端な場合、犯罪や問題行動を起こしてでも注目を集めようとしてしまう。

だから、他者承認を得ている人でも、同時に自己承認を得ていった方が良いと考えています。

ただ、前述の通り自己承認にもデメリットがあります。

例えば、筋トレで自己承認を得ている人は、筋肉が落ちたり筋トレが出来ない事を恐れる。

大抵の場合、自己承認と対になる弱点があるものです。

人が何から自己肯定感を得ているかが分かると、同時にその人の弱点も分かるわけです。

自分の弱い部分は改善していく事が出来ますが、自己承認から来る弱点の改善は難しいです。

自己承認となる行動が1つだけだと、取れなかった時のダメージは大きい。

なので、自己承認を行うなら複数の物事から得るようにした方が、よりメンタルを安定させる事が出来ます。

また、弱点がメリットに変わる場合もあります。

「獣の社会の争い」という記事でも書きましたが、私は何度かボコボコにされたりもしてます。

しかし、それでも自己肯定感は失っていないんですよ。

「喧嘩の強さ」を自己肯定感にしていたら、とっくに失っているでしょう。

私の場合、「悪意に屈しないこと」が自己承認の1つになっています。

悪意に屈する事を恐れるので、悪意を向けられるほど屈しない方向に心が動く。

だから、ボコボコにされても自己肯定感を失う事がありませんでした。

人の精神はまだまだ未解明の部分はあれど、論理的に考えて作っていけるものです。

自己肯定感を持つのは簡単ではない。

だからこそ自己肯定感が低い人が多いのだと思いますが、不可能でもないし運頼みでもありません。

シンプルにコツコツとした積み重ねで作っていけるものです。

だからまず、自分に言い訳をしない事から始めると上手く行くと思います。

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