起きている事実に向き合う

哲学系記事
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私の基本的な考え方が、起きた事実に向き合うです。

そこに事実がある以上は感情に左右されても仕方がない。

事実に沿って対処していくしかありません。

自分に不都合な出来事があった時、感情を押さえる事は難しい。

しかし、そうするしかない。

だから、なるべくストレスにならないような方法を取る。

今回は、そんな話です。

一歩下がって二歩進む

昔、筋トレをし過ぎてオーバーワークになった事があります。

体を酷使したら回復の時間が必要なのですが…

当時は一切気にせず、狂った量のトレーニングをしていました。

結果、慢性的な疲労感に襲われるようになり、医師から2ヶ月の間はトレーニングをするなと言われてしまいます。

トレーニングに夢中だったから、その期間はスゲー辛かったんですよね。

この時、休養の大切さを思い知りました。

筋トレが出来ない2ヶ月は焦りや不安に襲われます。

今まで積み上げてきたものが失われてしまうのではないか…と思いました。

何かに夢中になっている人には、休みって酷なことなんですよね。

どうしても筋トレの事を考えてしまう。

何も気にせず休めるならその方が良いんですが、やりたい事をやれないのはシンプルにキツイ。

で、どうしたかというと…ブログを始めたんですよ。

今、私が書いているブログ「蛙書楼」の前身となったブログです。

「やる夫スレ」というネット上の創作物をレビューするブログでした。

何かが出来ない時って、他の何かに夢中になった方が良いんですよ。

休めと言われても、心は休まらない。

心が何かをしたがっているなら、別の何かを与えてやれば良いわけです。

「要するに筋肉使わなきゃ良いんだろ」

って感じですね。

確かに筋肉は落ちるでしょうが、2ヶ月後には復帰して生涯トレーニングを続けていく事が出来る。

それを考えたら、2ヶ月なんて微々たるものだとも思いました。

むしろ、その2ヶ月を使って生産的な事をすれば良い。

結果的に、今は当時よりも筋肉は成長しているし、その時に始めたブログは形を変えて蛙書楼になった。

筋トレもメニューを見直して、回復を意識するようになった。

まあ、結果オーライです。

「誰が悪い」思考

仕事でトラブルが起きた時、私が優先的に考えるのはトラブルの処理です。

誰の責任だとか処遇だとかは後からゆっくり考えれば良い話で、トラブルの渦中にある時には心底どうでもいい。

にも関わらず、トラブルをどうこうする前に責任の擦り付けあいが起きる。

こういう光景をよく目にしてきました。

ボートに穴が空いた時にやるべき事は、真っ先に穴を塞ぐことです。

それをせずに「お前のせいだ!」と罵りあって沈んでいくのってアホじゃないですか。

危機を乗り越えた後で原因を究明して、穴を空けた人に注意するか、改善が無理ならボートから下ろせば良い。

私はそう考えて問題に向き合うので、「自分は悪くない」と弁明したくて仕方ない人を無視するんですよね。

時間の無駄だからです。

私もミスをするんですが…そういう時は謝るよりも弁明するよりも先に、正確な状況を報告するようにしています。

対処が早ければ早いほど被害が最小で済むからです。

集団がパニックになった時、「誰が悪い」と考える人が必ずいるんですよ。

正直、シンプルに邪魔です。

誰が悪いかなんてトラブルを解決していけば大体分かる事です。

真っ先にすることではない。

「誰が悪い」思考はトラブルをややこしくするので、時間のある時にやるものです。

与えられる10より積み上げる1

与えられない事に不満を持つ人って結構いるもので、若い頃の私もそうでした。

例えば、資産家は金を欲しがる人に群がられやすい。

金を欲しがる人は、金が貰えないと不満に思い、恨みを持つ事すらあります。

だからこそ、私みたいな人間の需要があります。

資産家からすれば「自分で稼げよ」という話じゃないですか。

いくら金があったとしても、理由もなく他人に金を渡すのは嫌なものです。

人生は、基本的に自分で勝ち取っていくものなんですよ。

与えられた時は運が良かっただけです。

だからこそ、与えられた時は感謝をする。

根本的に、与えられる事を期待してはいけない。

自力でどうにかするために、自分で積み上げていく。

大金を稼ぎたいなら、そうなるように積み上げていくだけです。

という話をすると「出来ない」と即答する人もいるのですが…

じゃあ、無理なんですよ。

諦めるしかない。

諦めたくないなら、一生懸命に頭を使って努力を積み重ねて頑張るんです。

「出来ない」と言ったところで誰かがどうにかしてくれる訳じゃない。

人の協力を得るなら利害関係や信頼関係が必要だし、それ以外なら自分に価値がないといけない。

何もせず、何も持たずに得られるものなんて無いんですよ。

だから積み上げる。

10を与えられる事を期待するのではなく、確実な1を積み上げる必要があるわけです。

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