自分の人生に一生懸命な人、不満ばかりの人

哲学系記事
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私がよく記事で使う言葉に、精神の自立というものがあります。

明確に精神が自立したと思ったりする事はありませんが、ある時にふと気付いたりするものです。

精神の自立は、幸せに生きるための重要なポイントになります。

「自分の人生は自分で責任を持つ」

これが出来る人は自立していると言えるでしょう。

客観的に見て精神が自立しているなと思うのは、自分の人生に一生懸命な人です。

彼らの生き方は、シンプルに幸せを目指す生き方です。

一方で、不満ばかりの人もいる。

自分の人生を誰かが何とかすべきだと考える人達です。

今回は、そんな感じの話をします。

不満ばかりの人

他責思考や感情論ばかりに偏ると、人生に不満ばかりを抱くようになります。

自分の境遇が不満なのは国や社会のせいだと考えて、批判ばかりするようになる。

この手の人は、どんなに恵まれていても永遠に不満を抱き続けます。

この状態に陥った人は抜け出す事が困難になるので良くないのですが、ヘイトスピーチの多い今の社会では増えるばかりです。

本来、自分の境遇に不満があるなら、変えるべきはまず自分です。

自分が変わろうとするでもなく、自分で変えようとするでもなく…

他人に「変われ」とか「変えろ」と高圧的に不満をぶつける。

変わらなかったら「駄目だ」「終わってる」と腐る。

変わったら変わったで、「自分のおかげだ」「ほらみろ言った通りだ」と鼻を高くするが、また違う不満をぶつける。

実際には不満を撒き散らしているだけなのに、変えるために尽力した人達を見下して、何もしない自分を賞賛する。

この手の人達の目的は、何かを変えたいわけでもなく、幸せになりたいわけでもなく、ただ不満をぶつけたいだけです。

何かが変わると不満をぶつけられなくなるし、恵まれた境遇を無理矢理に不幸にしているだけだから幸せも望んでいない。

むしろ、幸せになると不満をぶつける快楽を失うから積極的に幸せになろうとしない。

だから、どことなくトゲや陰湿さがある。

一種のネガティブ状態ですね。

「誰かが自分をどうにかすべきだ」

と思うものの、実際には丁寧に道を示されても進もうとしない。

その状態では貴族のように扱われて及第点なので、満足する事はまずありません。

で…私はこの手の人達をどうこうする気はなく、助けるにも労力的に無理だと考えています。

この話で伝えたい事は…

こういう人達に飲まれてはいけないという事と、そもそも不満を抱かないようにするという事です。

自分の人生に一生懸命な人

私は自分の人生に一生懸命な人がスゲー好きです。

基本的に自分の力で何かを変えようとし、現実に向き合って自分を変えようとする。

人の力を借りるにしても、全てを他人任せにするのではなく、あくまで足りない部分を補ってもらう。

不満を抱いても、それは自分の責任と理解しているから反省する。

他人の足を引っ張るなんて無駄な事をするぐらいなら、自分の為にさっさと行動する。

そうやって自分の人生を充実させていくから、人に何かを与えられるような人間になっていく。

社会的な価値も高くなるわけです。

まあ、見ていてシンプルに気持ちが良いし、協力したくなりますよね。

こういう人達と組んで何かをすると、パフォーマンスを発揮しやすいし、結果も出しやすいし、何より楽しい。

楽しいってのは特に重要な事です。

それに、自分の人生に一生懸命な人が集まったチームは、大抵は高い成果を出します。

人を集めるなら無視出来ない要素です。

人の心の持ち様は、能力と同じくらい大切な事なんですよ。

むしろ、能力が低くても向上する気があれば問題は無いと私は考えています。

泥沼を抜け出して価値のある人間へ

人間が世界に一つだけの花だとしても、周りに力を与える花と周りを腐らせる毒草の価値が同じだとは思いません。

私が思う思わないに関わらず現実もそうで、自分の人生に一生懸命な人は良い人と巡り会うし、結果的に幸せになりやすい。

逆に腐ったままだと同じような人間が集まって、お互いに足を引っ張ったり、潰しあったりと泥沼になる。

一生懸命な人と関わりたくても、腐ったままだと相手にもされない。

人生を楽しく生きたいと願うなら、一生懸命になるしかないんですよ。

タチの悪い事に、人はネガティブでいる事に快楽を得る。

人の足を引っ張って、引きずり下ろす事に安心を得る。

だから、その状態に依存する人も多い。

しかし、そんなクソみたいな生き方を死ぬまで続けるなんて嫌じゃありませんか?

泥沼の中で他人を攻撃する快楽を糧にして、満たされない人生を送る自分は好きになれません。

同じ泥沼の中にいる人間と自分を比べて、安心する事に力を割く。

上手くいった人や幸せになった人を見ると不快になる。

段々と生きているのが嫌になってしまいます。

これは、私も経験しているから痛いほど分かるんですよ。

じゃあ、どうすれば変わるのかというと…

まず、「何かが悪い」ではなく「自分が悪い」に考え方を変える。

「人生が上手くいかないのは社会のせい…じゃなくて自分のせいだ」

次に、自分の何が悪いのかを考える。

「周りが頑張っている中で、頑張って来なかった」

そして、どうすれば良いのかを考える。

「もっと知識があれば…もっと能力があれば…もっと実績があれば…」

そうやって答えが分かったら行動する。

ちなみに、私が出した答えが「強くて良い奴になる」です。

上手くいかない原因が、弱くて嫌な奴だったことでしたからね。

自分を変えるために行動をする時は、襲ってくるネガティブの快楽や無気力に必死に抗わないといけません。

クソみたいな状況を脱するためには、人知れず歯を食い縛る必要があります。

誰も知らない、誰も分からない、誰も価値を認めない努力を自分のためにする。

今、一生懸命な人もそうやって乗り越えてきたんですよ。

私が人間性を「人の価値」と考えるのは、こういう誰も知らない頑張りがある事を知っているからです。

クソみたいな状況を脱するのは、自分の価値を積み上げる第一歩になる。

それを続けていけば自分の人生に一生懸命になってくるし、自分の価値も上がっていく。

クズはクズでも泥沼を本気で這い出そうとするクズは、それだけで上等な人間だと思います。

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