心の鎧を持つ人へ

哲学系記事
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心の鎧とは、精神的なダメージを抑えるために陥る心理状態です。

それが悪い事というよりは、やむを得ない事であると捉えています。

人によって強弱があれど、わりと経験している人も多いのではないでしょうか?

厳しい環境や理不尽に晒されて、かつ信用出来る相手が少なかった人ほど、心の鎧は重厚になります。

今回は、そんな人達に向けた話です。

あと、この記事を境にしばらく投稿を休んで、以降は不定期更新にします。

心の傷から作られる鎧


人は生きていく中で心に傷を負います。

傷を追って成長していくものだし、傷を負わない事はまずありません。

傷ついたりした時は、普通なら誰かに話したり、めちゃくちゃ怒ったり泣いたりして回復していくものです。

しかし、自分を抑えなければならない環境にいた人はそれが出来ず、自分の中に溜め込むという選択を取るしかなくなる。

人にとって甘えるという行動は時に必要なものなんですよ。

ただ、身近にそれが出来る相手がいるというのは幸運な事です。

与えられなければ勝ち取るしかない。

自分の価値を積み上げて、信頼出来る相手を見つけるわけです。

一方的に助けを求め続ける依存と、傷ついたり疲れたりした時に甘える行為は似ていますが別物です。

自力で道を拓く覚悟があれば一時甘えても立ち上がりますが、その覚悟がないと他人にしがみつき続けてしまいます。

精神が自立していて現実に向き合うほど傷を負いやすくなるから、むしろ甘えが必要になる。

ただ…私もそうでしたが、それが苦手な人がいます。

厳しい環境で生きてきた人、実力が必要な世界で生きてきた人、ASD気質の人、ハイレベルな人…

こういう人達は自分を理解してくれる存在が少なく、自分で自分を守るしかない状況が多い。

しかし、傷を負いすぎると潰れてしまったり精神を病むから、そもそも受けるダメージを減らそうとします。

その方法の一つが、感情を殺して冷酷になり、心の揺らぎを少なくしてダメージを抑える事。

それが、心の鎧です。 

傷の回復が難しいからこそ、ダメージを防ぐ鎧が必要になる。

当然ながらデメリットもあります。

苦しい環境が長く続くほど鎧は分厚くなって感情が薄れていくし、よほど信用した相手にしか本心を明かせなくなる。

人に助けを求めるのが下手になったりもしますね。

心の鎧が厚くなるほど自己完結型になっていき、他人に借りを作る事を嫌がるようになります。

耐久力の変わりに人間らしさを失っていくんですよね。

心の鎧を纏う人は、成長過程では非常に危うい状態で、瞬間的に高いダメージが蓄積すると潰れかねない。

私自身も経験しているから、身近にいたりするとスゲー心配になります。

依存と心の鎧

不特定多数に対する設明の難しさでもありますが、基本的に伝えたい層には伝わらないという問題があります。

マイノリティ向けの内容は難しくしてみたりとか、経験者しか分からない目線で書いたりとか色々試してはいますが…なかなか上手くいかないものです。

まあ、人間は一人一人が違うので、直接関わらないと本当にその人に合った行動というのは取れないのですが。

依存する人に必要なのは「自立」なんですよ。

依存する人は自ら行動を起こさず、他人から与えられるのが当然のように振る舞う。

優しさを与えると無限に依存してしまうから厳しい対応します。

この人達は頑張らないと道が拓けないからです。

一方で、心の鎧を纏う人に必要なのは「甘え」なんですよ。

他人に頼らず、自ら事を成そうとする。

それ自体は良い事ですが、ダメージの管理が下手なので蓄積してしまう。

だから、ダメージを回復させるために優しくします。

この人達も頑張らないと道は拓けませんが、どっちかというと頑張り過ぎてたりもします。

多少なりとも甘えを持つぐらいが丁度良いんですよ。

不特定多数に発信する時、依存と心の鎧の違いを分けて伝えるのは難しい。

話を単純に分かりやすくしてしまうと…

自立が必要な依存する人は優しさに飛び付きやすいし、甘えが必要な心の鎧を纏う人は厳しさに飛び付きやすい。

だから少しでも必要な人に正しく伝わるようにした結果、私のブログ記事はクソ長くなってしまいます。

しかし、それでも十分とは言えない。

「私は本当に駄目な人間なんです、助けが必要です」

「僕には無理です、死にたいです」

「生まれた時からずっと底辺です、一生変われないと思います」

「自殺を考えています、死ぬ前に一度会って話を聞いて欲しいです」

みたいなDMが、ブログを始めた時から私のTwitterにずっと来てます。

殺害予告とか誹謗中傷ならまだ笑って流せますが、この手のDMはキツイんですよ。

リストカットの写真を送られても、私にはどうする事も出来ません。

シンプルに私にダメージが入るだけですし、流石に疲れてきました。

依存する人達は優しい事を書くと活発になるんですよ。

色々試してはみたものの、どうやっても無理でした。

こういう人達に向けた話を読んで、関係ないのに傷ついたり不快に思った人もいるでしょうから、それは本当に申し訳ないです。

私は人を責めたいわけじゃなくて、立ち直って前を向いて欲しい。

「俺は乗り越えたぜ」

ってマウントを取りたいのではなく、今は見えていない真っ暗な先にも道があると伝えたいんですよ。

だから現実逃避させるためではなく、諦めさせるわけでもなく、現実と向き合って欲しいからブログを書いています。

しかし、上手く伝わらない。

私が本当に力になりたいと思うのは心の鎧を持つ人達です。

ですが、実際には依存する人達に引きずられて、その人達向けの記事ばかりになってしまう。

この辺は本当に自分の力不足だなと感じています。

鎧を外す

ちなみに、心の鎧は外す事が出来るんですよ。

周りが良い人ばっかりの環境だと自然に少しずつ外れていきますし、鎧が必要なくなるほど強くなると勝手に外れます。

後は荒療治ですが、第三者が本心を無理矢理引きずり出す事でも可能です。

ただし、相手の特性をよく観察して理解していないと難しいのでオススメはしません。

心の鎧を外すと、心に血が通い始めて感情の起伏が元に戻っていきます。

心の鎧が極端に厚いと殺人すら簡単にこなせるものです。

例えば、精神が未熟なはずの青少年が残酷な殺人事件を起こせるのは、心の鎧が厚いからです。

激しい戦場に慣れた兵士なんかもそうですね。

人によって、殺人程度のストレスは意に介さなくなるわけです。

しかし、心の鎧を外すとそれが出来なくなっていきます。

抑え込んでいた優しさとか善良さを持つようになるから、人によっては「自分が弱くなった」と感じるようです。

しかし、私は心の鎧に頼らない強さを持った方が良いと思うんですよ。

心の鎧は枷(かせ)でもあるので、心の重りになるからです。

それに、人と関わるなら感情があった方が良い。

だから今、心の鎧が外れてきている人がいたら、それはポジティブな現象だという事を覚えておいて下さい。

心の鎧が外れてくると、人を遠ざけていた心が少しずつ人を求めるようになります。

私自身も分厚い心の鎧を持っていた人間だから、その気持ちや戸惑いはよく分かります。

しかし、それは悪い事ではありません。

頼ったり頼られたりすればいい。

本来、人間はそういうもんです。

これ、頑張らない人には絶対に言わない事ですが…

人一倍無理をしてきたんだから、多少は好き勝手に振る舞ったりワガママを楽しんでも良いんじゃないですかね?

んで、そうやって遠回りをしながら、そこでしか出来ない経験をして成長していけば良い。

ゴールがあったとして、必ずしも最短ルートが正解というわけでもないですからね。

それに、鎧が外れてきた人は何かを勝ち取ったんですよ。

勝ち取った物を満足気に眺めるくらいの余裕があっても良いと思います。

で…そういう人達を見て、私も頑張ろうと思えますから。

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