「雑記」社会の外、無人島

雑談系記事
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いくつかの雑記で書いてきたことですが、私は全く意図せずに無人島に漂流して、サバイバルをしてみたい…という願望があります。

なぜそうしたいのか、色々と理由を考えた時、もっとも納得がいくの答えが「社会の外」を経験したいでした。

現代人は生まれてから死ぬまで社会の中にいます。

仮にニートであろうが反社会組織であろうが社会の中にいて、どんなに反抗しても社会に守られている。

犯罪を犯して刑務所に入る事も、軍隊として戦争に出る事も社会活動の中の話で、やはり社会の保護下にある事には変わらない。

その保護が届かない場所に行って、生き延びるという経験がしてみたいと思っています。

今回は、そんな社会の外の話です。

社会の中

よく就職したり自営業を始める事を「社会に出る」と言いますが、これは厳密には間違いです。

野生動物に育てられた人ならともかく、人は生まれた瞬間から人の社会の中にいます。

仕事をするという事は、大人として社会活動に参加するという事です。

原始時代なら、子供は集落の中で遊びながら狩りの仕方や道具の作り方を覚えます。

大人になったら狩りに参加したり、道具を作る職人になったりする。

老人になったら知識や道徳や技術を子供達に教えていく。

狩りをする人や道具を作る人が集落を支えていて、次の担い手となる子供達がいて、子供達を育てる人がいる。

だから、皆が社会に守られている。

現代社会は複雑化しつつも、本来の姿はこれと同じ事です。

現代社会も同じように成り立っていて、そのおかげで我々は高い水準の暮らしが出来ています。

電気・ガス・水道、食料、衣服やスマホ、バスや電車などのサービス、身の安全や福祉、これらは全て社会の恩恵で、それを受けずに自力で生み出した物はまず無いと思います。

もちろん、お金を払ったりしていますが…

お金を払って対価を得られるというシステムを利用している時点で、社会に守られていると言えます。

人間は基本的に社会を支えるという前提があって生きているので、社会を支える事で対価としてお金が貰えます。

犯罪みたいな例外を除けばですが。

水や食料、生活必需品、娯楽、嗜好品を生み出す行為、または治安の維持や安全の確保、インフラ事業、IT事業、流通などなど。

数え上げたらキリが無いですが、人は大なり小なり社会に求められる事をして社会を支えていると言えます。

社会に属して守られているからこそ、社会の規律を守る義務があり、社会を支える責任がある。

これが人間社会の基本です。

社会の外

では、社会の外ってどんなところか?

その一つが意図しない形での無人島への漂流です。

昔、よく一人キャンプに行っていました。

そこでは社会の外の空気を少しは味わう事が出来ます。

しかし、キャンプ道具や調理する食材をしっかり準備して行い、何かあれば人に助けを求める事が出来る。

結局のところは社会の中の話です。

社会の外では完成された道具やサービスが使えず、その辺にある物を使って自力で生きていく必要があります。

人や文明に頼る事が出来ないから、自分の能力と知識に全てかかっています。

必要な物を自分で作り、必要な水や食料を自分で確保する。

それは想像するより遥かに難しい事です。

一人キャンプの延長で山歩きを3日間した時、「準備が不足したら普通に死ぬな」と感じました。

寒暖の差、天候の変化、飢えと渇き、野生動物、毒草、毒虫、地形の状態、方向感覚の狂い、傷病、暗闇、不安、恐怖、疲労などなど障害があまりに多い。

必要な準備が無いと相当キツイです。

私は自衛官だったからまだ耐性がありますが、それでも準備無しはヤベーと思います。

で、無人島への漂流は基本的に準備不足の状態で放り出されます。

ただ「生きる」という事がスゲー難しい。

人は社会に対して大なり小なり甘えを持つものです。

それらが一切通用しなくなり、全て自分頼みになる。

他責思考で不満を抱いても意味が無い。

能力不足だと簡単に命を落とす。

自分を救えるのは自分だけ。

それが極端な場所が社会の外というわけです。

究極の自由と自己責任

自由である程、自己責任がつきまといます。

何かに守られるほど制約が増えるものですし、自由であるほど何かに守られなくなる。

何かに守られながら自由になりたいというのは子供のワガママです。

例えば、正社員は会社に生活が守られる分、制約が多い。

だから、ある程度テキトーでも何とかなるけど出来ない事も多い。

逆に、フリーランスは自由である分、上手くいかなければ野垂れ死ぬ。

だから、軌道に乗るまでは恥も外聞もなく、死に物狂いでやる必要がある。

守られている事を自覚せずに自由を求め過ぎてはいけない。

制約を越えた自由を求めるなら覚悟を決める必要があります。

まあ、現実には制約の多さに不満ばかりの正社員もいれば、覚悟の無いフリーランスもいるでしょうけどね。

無人島生活というものは、社会というレールから外れた究極のフリーランスです。

社会の制約が無くなると同時に、社会の恩恵が無くなる。

社会の恩恵に依存している現代人にとって、
それが無くなる事は死に等しい。

人は社会に甘えがあると不満を抱くものです。

まあ、現代の日本で普通に生きてきて、社会に甘えが無い人の方が珍しいです。

社会の恩恵を当たり前と享受して、自ら勝ち取るのではなく、さらに与えられる事を望む。

これはシンプルに甘えかなと思います。

だから、社会の外の生活をして、本気のサバイバルを経験すれば社会への不満は無くなるのではないか…と考えました。

まあ、単純に自分の力がどこまで通用するのかやってみたい…というのがメインの理由ですが。

しかし、本気のサバイバルなんて簡単に経験出来るものではなく、自ら無人島に行っても心の準備が出来てしまうからレジャーの枠を出ない。

私を誘拐して無人島に捨てるという、誰の得にもならない事をする謎の組織があれば話は別ですが(笑)

だからまあ、社会に守られている事を自覚して、私利私欲や不満ではなく真に社会の為になる事を考えて、それを行っていく。

それが社会に生きる大人としての務めかなと考えています。

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