若い世代ほど論理的思考力が育つ

哲学系記事
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「年齢=能力」という漠然とした価値観は、根強く残っています。

人間は経験の積み重ねによって能力が上がっていくので、必ずしも間違いとは言えません。

しかし、進学校と偏差値の低い学校では、3年間で凄まじく学力の差が開くものです。

会社で言われた事だけをやる10年を過ごした人より、会社を発展させるために3年間戦ってきた人の方が能力は高くなります。

能力は過ごしてきた環境に左右されるので、年齢だけで判断は出来ません。

特に、世代が若い人の論理的な思考力には目を見張るものがあります。

今回は、そんな話です。

若者の思考力に舌を巻く

最近、とある複雑な問題があり、一手でも間違えたら大損害になるレベルでした。

それを解決するために針の穴を通すような慎重さで、詰め将棋のように一つ一つ問題点をクリアしていたのですが…

予想外のトラブルも重なり、難航していました。

誰かの見栄や欲や保身が複雑に絡まり、事実が非常に分かりにくい。

それぞれが置かれている状況と行動から心理を読んで、それぞれの嘘を見抜きながら話を聞いて、それらを元に考察して初めて事実が分かったぐらいです。

正直、問題の全体像が見えていて冷静なのは自分だけで、解決が出来るのは自分だけだと勝手に思っていました。

ところが、私以外にも問題の本質が見えていた人がいて、その人の行動によって大きく前進することに。

私よりも10歳近く年下の若い人です。

やはり、若い人は侮れない。

差別的な事を言うつもりは無いですが…私は年上の人間より、年下の人間の思考力に舌を巻く事が多いです。

全体的に、若い人達の思考力は物凄い速度で上がっているように感じます。

もちろん、スゲーアホもいるでしょうし、上の世代と変わらない人もいるでしょう。

しかし、世の中を見ていると非合理的な事や非論理的な考えに意を唱えるのは若い人達ですし、偏見や差別感情も少ない。

傑物だと、最前線のビジネスマンと同等以上の思考力を10代の頃から持っていたりします。

私がブログに書くような小難しい話をした時、私より上の世代の人はポカーンとする事が多く、話せる人が限られてきます。

ところが、20代の若者にはすんなり通じる事の方が多い。

しかも、的確な意見や指摘が返ってきてハッとしたりもする。

しっかりと自分の考えを持っている人も多いわけです。

特に、人間心理が絡む話になると、年配の人からは「そんなわけない」で一蹴される事が多いものですが、若い人達は普通に理解します。

思考力や知識という点においては年齢にアドバンテージはなく、研鑽を続けないと簡単に追い越されるものだと思っています。

ところが、この話をすると私より上の世代には理解してもらえない事が多い。

判断基準が年齢になっている事が多いからです。

「所詮は経験の少ない若造」

この固定観念は、頭の固い人や組織ほど顕著に表れます。

私からすれば現実が見えていない思考停止、あるいは現実を受け入れたくないが故の現実逃避であると考えています。

また、若い人がどんなに思考力が優れていても、経験を積み重ねていない能力は未熟である事が多い。

例としては、語彙力や文章力が年齢相応で、それゆえに過小評価される一因となったりもします。

しかし、若い世代の方が論理的である事が多く、彼らを若造と侮っている上の世代が感情論で動いている事も多い。

若者は侮り難し、彼らと接する時はよく観察する事です。

なぜ思考力が育ったのか?

若い人の思考力を鍛える要因となったのは、新しい文化であると考えています。

例えば、マンガやアニメ。

古い世代の人は未だに差別感情を持つ人もいますが、若者は抵抗なく受け入れています。

そして、その内容は年々難しくなっています。

例えば、私の世代でもマンガを読めない人が結構います。

読まないじゃなくて、読めないです。

知り合いに「デスノート」というマンガを薦めた事がありましたが、「よく分からない」と早々に諦めていました。

要するに話が難しくて理解出来ないわけです。

若い人達が聞いたら「ええ!?」と思うかもしれませんが、案外そんなものです。

また、私の世代には最近のゲームが出来ない人も多いです。

最近のゲームは、物語やシステムが複雑でついていけないからです。

私の子供の頃のゲーム機といえば、任天堂のファミコンやスーパーファミコンなんですよ。

その世代の人間が「アーマードコア」とか「フォールアウト」をやると、10分くらいで投げ出すのは当然と言えば当然です。

下手をしたら仕事でやってる内容よりも難しい。

また、今の若い人は子供の頃からスマホやパソコンに触れていて、知識や技術も豊富にある。

昔なら本を読んで考え込まなければ得られなかった知識が、真偽は別としてネット上では分かりやすく解説されていますからね。

私みたいなオッサンが未だに馴染めないSNSやアプリも、息をするように使いこなす。

これは培った能力の差以外の何物でもありません。

私が初めて触ったパソコンは、メモリが128KBです。

小学生の頃に流行ったのは初代ポケモンです。

スマホを初めて触ったのは20代半ばでした。

今の若い人達からすれば信じられないでしょう。

触れている物の難しさが全く違う訳です。

若い世代になるほど、より複雑な物に触れて理解してスポンジのように吸収する。

それは、そのまま論理的な思考力を養うことになります。

メンコで遊んでいた子供と、近年の文化に触れていた子供では論理的な思考力に大きな差がつくわけです。

頭が固いままだと一瞬でロートルになる。

自衛隊でも装備が最新になった瞬間、置物になるオッサンも多い。

能力的には若者よりもオッサンの方が変化に順応するという課題を抱えています。

人間性の重要さ

論理的な思考力が高いから論理的というわけではありません。

事実に基づいて考える論理と違って、自分の都合や感情をベースに考えた屁理屈も上手くなります。

論理的な思考力が高いと屁理屈が通用する場面が多くなり、それで嫌な状況を乗り切ろうとする人が必ず出てきます。

それは才能をドブに捨てるようなものです。

日本社会はわざわざ嘘を暴こうとする人はあまりいないので、気を使われて流されている事が多い。

もちろん、シンプルに騙される人もいます。

しかし、騙される人の方が少ないのが現実です。

別に、面白くするために話を盛るとか小さな見栄を張るとかまで否定するつもりはありません。

ただ、自分の屁理屈で誰かに損害が発生すると取り返しがつかなくなります。

そうなった時、自分の価値は地に落ちる。

自分の見栄や保身のための嘘や言い訳を繰り返して、組織にダメージを与えつつ評価を落としていくオッサンが結構います。

正直に話してくれればフォローやリカバリーも出来るのですが、嘘を見抜いた時には手遅れになっている事も多いです。

プライドが高過ぎて、組織や周りの人よりも自分の体面の事ばかり考えてしまう。

その結果、人生がどんどん悪い方向に向かっていく。

今の若い人達がこうなってはいけません。

高い思考力が台無しになります。

失敗を失敗と認める潔さ、恥を受け入れる度胸、他者のために頑張れる義侠心。

これらは、より良く生きていくために必ず必要になります。

もちろん、一朝一夕で身に付くものではないから、そうあろうとし続けて研鑽を積んでいく必要があります。

トライ&エラーを繰り返して段々と出来るようになっていくものです。

事実を事実として受け入れることは、論理的であることの最初の一歩です。

無駄にプライドが高いと、選べる選択肢が極端に狭くなってしまうし、事実を歪めてしまう。

正解の道があっても、なかなか進む事が出来ないし、ようやく進んだとしても機を逃してしまう。

人間性を育てるという事は、自分のために極めて重要な事です。

完璧である必要は無いけれど、完璧に近づく努力は必要になる。

能力の他に人間性が高ければ、必然的に求められる人間になっていくものですから。

…こんな事を言ってるとジジイみたいだなあと自分でも思います。

私もまだまだ道の途中だから本来なら偉そうな事を言える立場ではありません。

ただ、道の途中にあるからこそ強く意識するし、深く理解しています。

それに…私は自分が走らないのに、他人に「走れ」というオッサンになりたくないですしね。

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