原則、自分は自分のためにある

哲学系記事
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客観的・俯瞰的な見方が出来ないと、人間関係で知らず知らず相手を消耗させてしまう事があります。

主観に偏ると無自覚に、他者が自分の為に存在しているかのように振る舞ってしまう。

逆に、必要以上に他者の希望に沿って消耗してしまう事もある。

今回の記事は、当然のように分かっている人もいれば、「そんなわけない!」と怒る人もいるでしょう。

分かっている人と分かっていない人の差が激しい事です。

自分は自分のためにあるし他者は他者のためにある、今回はそんな話です。

理想と幻滅

人は他人に対してイメージを持つものです。

他人の全てを知る事は出来ないので、見えている部分から判断します。

だから、自分の知っている範囲でイメージを作る。

そのため自分が見て真面目だと思っている人が、他人から見たらスゲー変な奴という事もあります。

自分が見ている他人は、基本的に自分の中にあるイメージというわけです。

当然ですが、イメージは相手の情報量が多いほど正確になっていきます。

逆に情報量が少ないほどイメージが定まらないものです。

ところが、情報量の少なさを自分の理想や願望で埋めてしまう事があります。

例えば、イケメンや美人はよく知らない人から勝手に性格が良いとか悪いとかイメージを持たれやすいです。

外見に好感を持つ人は性格が良くあって欲しいし、外見に不快感を持つ人は性格が悪くあって欲しい。

何にせよ自分に都合の良いイメージを押し付けてしまうわけです。

そして、相手が理想と違った時に幻滅します。

理想は容姿以外にも様々な形で抱くもので、相手を理解しようとしないと抱きやすいです。

私は、オタク文化の話をした時に幻滅されたりします。

まあ、勝手に理想を抱いて勝手に幻滅するのは構わないのですが、わざわざ「幻滅した」と伝えてくる人がいるんですよ。

自分に都合の良い人間像をイメージして、自分の理想通りじゃなかったら幻滅して、その不満をぶつけてくる。

私からすれば「知らねえよ」という話です。

その人の脳内で勝手に起きた現象ですし、私には全く関係のない事ですからね。

ただ、周りの自分に対するイメージが変な理想で固まるほど自由に振る舞いづらくなる。

私は自我が強いから誰かの理想に沿う気は無いし、勝手なイメージで自由を制限されたくない。

だから、変に理想を押し付けられないように、なるべく自己開示をするようにしています。

人を知ろうとする、理解する

人に依存するほど勝手な理想を求めてしまうものです。

自分に都合の良いイメージを持つのではなく、相手を知って理解しようとする事が重要です。

勝手に理想を抱いて勝手に幻滅するのは、自分も相手も疲れるものです。

それは誰も幸せにならない。

人間は清濁合わせ持つもので、どんな良い奴、どんな嫌な奴にも良い部分と悪い部分があります。

また、理性が無くなれば大抵の人間はヤベー奴です。

そういう色々な部分を受け入れていくのも理解するという事です。

どうしても受け入れられなかったら関わらないようにする。

私もスゲー嫌な奴とは関わらないようにしてますからね。

そういうものです。

しかし、理想を抱くと他人に対して無駄に潔癖になってしまう。

少しでも自分の意に沿わない部分があったら嫌いになる。

それ、疲れませんかね?

それよりは、相手にヤベー部分があったら

「お前、イカれてんなあ」

って、ケタケタ笑う方が自分も相手も楽だと思うんですよ。

私はよく人を観察して、良い所があったら素直に伝えたりします。

しかし、人は良い所があっても常に発揮している訳ではなく、良い奴も常に良い奴という訳ではありません。

精神状態によって左右されるものですから。

誰かに対する「良い奴」という評価は、私が勝手に思ってるだけの事です。

だから、良い奴が常に良い奴でいる事を求めるのは間違っていると考えています。

そして、良い奴だけど「良い奴」という評価に苦しむ奴もいる。

評価されるほど「良い奴でいなければならない」と思い込んでしまうからです。

だから無理に伝えようとは思わない。

好意も同じで、時に人を苦しめます。

恋愛感情の話ではなく、包括的な好意の話です。

伝えてる側は悪気は無いんですよ。

「自分が好意を持たれると嬉しいから相手も嬉しいはず」

「自分を好きになって欲しいから相手に好意を伝える」

という理由が大半で、それ自体は別に悪い事ではありません。

ただ、それは主観的な考え方で…自分もそうだから他人も同じというわけではない。

好意を伝える事も感情の発散なので、怒りをぶつける事に近いものがあります。

まあ、ポジティブな側面が強いので悪くは無いのですが、受ける側もそれなりにエネルギーを使います。

なので、許容量を越えた好意は誰もが嫌がるものです。

例え好意に飢えている人でも受け過ぎると嫌がるし、一匹オオカミ気質の人はそもそも許容量が少ない人が多いですね。

また、自分が価値を感じている人からの好意は許容量が大きくなりますが、そうでない場合は許容量が少なくなります。

そして、精神状態によっても許容量は変わります。

相手が疲れない好意の伝え方が出来るとスマートですし、一方的に好意をぶつけて嫌がられる事もないでしょう。

ストレートな好意を嫌がる人もいるから、私は結構ひねくれた伝え方をしたりします。

また、人間関係にトラウマがある人は全く逆になりやすい。

自分の好意が迷惑なんじゃないかと思って必要以上に押し込めてしまい、好感を持つ相手であるほど好意を伝えられなくなったりする。

特に許容量を越える好意で苦しんだ人は色々と気を使ってしまうものです。

好意という心理は、めちゃくちゃ複雑なんですよ。

私も、自分が好感を持つ人からの好意は嬉しいものですが、死ぬほど来てる依存系のDMはシンプルに苦痛です。

そしてこの話は、客観的・俯瞰的な見方が出来ないと理解する事が出来ない。

私はマイノリティ向けの発信をしているからこそ堂々と書けますが、マジョリティ向けの発信でこれを書いたら袋叩きにされますね(笑)

まあ、難しい事は置いておくと…

良い所や好意を伝える、それ自体は悪い事ではありません。

ただ、その際は自分の理想を押し付けるよりも相手を知って理解しようとする。

それが大事なんだと思います。

自分は自分のために、他人は他人のためにある

基本的に自分は自分のためにあります。

他人の理想に付き合って消耗していくのなら、それは改善した方が良いでしょう。

他人もまた他人のためにあるものです。

身勝手な理想を押し付けるのも間違っています。

だから、お互いに譲歩出来るラインを模索して、関係を構築していくものです。

人間関係は互いにメリットがある方が上手くいくもので、逆にメリットが少ない人間関係は苦痛になりやすい。

「気が合う」というのは「楽しさ」という分かりやすいメリットですね。

良い奴と関わるのは、それだけでメリットになる。

自分が相手を助けて、相手に自分が助けられるなら信頼関係になっていきます。

「他者のために頑張る」

信頼関係を作る上で、義侠心は非常に大切なものです。

自分の事ばかりで他人のために頑張れない人間は、誰からも助けて貰えなくなりますからね。

しかし、その為に多大なストレスを抱え込むようなら、やり方を見直した方が良い。

他者のために頑張る事が苦痛になってはいけないし、それは長く続きません。

今の私は仕事以外のDMを、ほとんど返していません。

送ってくる人にとって私は一人でも、私にとっては不特定多数から来るので一人では無いんですよ。

全員に返す労力も時間も無いですし、正直なところ私にメリットが無いですからね。

ただ、仕事のDMもあるから見ない訳にもいかない。

だからメリットを作るため、youtube動画で使えるようにマシュマロへ切り替えようとしたんですが…

マシュマロはあまり来ないし、逆に動画を出した事で依存系のDMが増える始末。

正直、失敗でした。

動画を出すと依存系のDMが来るので、モチベーションが下がって逆に作りたくないなという気になってます。

自分が失敗しておいて難ですが、他人のために頑張れる人がこうなってはいけないと思っています。

そのエネルギーはまず自分のために使うべきであって、他人に対しては無理のない頑張り方をした方が良い。

気に入った奴とか「協力しよう」と思える相手になら、どんなにエネルギーを注ぎ込んでも疲れはしません。

逆に、理想を押し付けてくる人や嫌な奴は、ほんの少し相手にするだけでドッと疲れるものです。

それは差別とか腹黒いとかの話ではなく、人間心理とはそういうものなんですよ。

だから、好む相手と好まない相手を平等に扱う必要は無いですし、割に合わない労力を義務化する必要もありません。

私も良い奴のワガママは結構聞いたりしますが、嫌な奴に対しては冷徹です。

良い奴は相手が苦しむほどの労力を求めませんしね。

嫌な奴ほど扱いに不満を言いますが、嫌な奴が相手にされないのは当たり前です。

真面目な人ほど悪い方向に囚われてしまいやすく、世の中に求められるような人が潰れてしまうのは見ていて歯痒い。

本来なら、万人に対して優しさや責任感を持つ事は凄く良い事なんですけどね。

今の世の中では、一方的にそれを求める人がイナゴのように群がって、ズタボロになるまで食い尽くされてしまう。

それはかなりの苦行で…正直、私には無理だから相手を限定する。

それが出来る人はシンプルにスゲーと思っています。

しかし、誰もが出来るわけではない。

他人のために頑張れる人ほど、自分を大切にした方が良いと思っています。

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