心が弱った「頑張る人」へ

哲学系記事
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私が記事を書く時、なかなか気を回せないのが心が弱った人への話です。

通常、私が書く記事はメンタルが弱っている人にとっては毒になる事もある。

だから、私の記事で弱っている人に追い討ちをかけたくない。

最近、スゲー思う事があって、そういう人達への記事を書こうと思ったのが今回の話です。

心が弱っている人がいたら、一度目を通して欲しいと思います。

頑張り過ぎた人

人が使う心のエネルギーは数値化出来ないので、自分と他人の頑張りは比較出来ません。

それゆえに頑張る人の多くは、自分の限界を遥かに越えている事が分からずメンタルダウンしやすいです。

「まだまだ頑張りが足りない」

「これぐらいは出来ないといけない」

などと、強く思い込んでいたりします。

この人達の特徴として、周りから見たら十分スゲーのに本人の自己評価が低い事があります。

実際にあったケースとして、進学校の特進クラスの生徒が鬱になりました。

理由は、自分の成績を気にして頑張り過ぎたからです。

確かにそのクラスでは成績が下位でしたが、全国では圧倒的に上位でした。

物の見方を変えれば、そのクラスにいるだけでスゲー事です。

しかし、その生徒は向上心がいつからか強迫観念に変わってしまっていたわけです。

無理をし過ぎて病んでしまった。

私は自衛隊時代、全く訓練せずにダラダラしているメタボは蹴り飛ばしましたが、上を目指す人間には結構甘くしていました。

向上心や責任感があって頑張る人は、時に自分を追い詰めてしまう。

手前味噌で恐縮ですが、私も似たような事を何回かやらかしています。

筋トレのオーバーワークが良い例ですね。

今の時点でFFMIが24なので筋肉が大きい方ですが、私は世界レベルの人を目標にトレーニングをしていたので全く満足していませんでした。

「全然足りない」と思ってブレーキどころかアクセルを踏んでしまうので、やりすぎてオーバーワークになってしまう。

だから、時には後ろを振り替えって満足気に結果を眺めるくらいの余裕を持つようにしています。

「あ、一般人に比べたら私はスゲーわ」

っていう感じですね。

頑張る人は「努力」の概念がぶっ壊れていたりします。

限界ギリギリまで自分を追い込まないと努力した気にならない人が多いです。

昔の私は、朝4時に起きて酸欠になるまで筋トレしてから仕事に行って、帰ってからまたジムに行ってました。

それを1日も欠かさず行っていたにも関わらず「努力が足りない」と思っていたんですよ。

客観的に見ると「イカれてんな」と思いません?

しかし、自分では不思議と気が付かないものなんですよ。

頑張る人は分野が違うだけで似たような状況にあったりします。

必要なのは努力ではなく、休む事とペースを落とす事です。

しかし、それが中々難しい。

彼らは不安があるから「休め」と言われても休めない。

強烈な向上心や責任感もあって、それを自覚していない場合もあります。

ワガママや自分勝手な振る舞いが時には必要なんですが、それはなかなかハードルが高いようです。

そういう人達は苦しくても平気なフリをするのが上手いから、見分けがつかなかったりもします。

だから、我慢して頑張り過ぎる人はスゲー心配になるんですよ。

メンタルダウン

頑張り過ぎて陥るのがメンタルの不調です。

最初の兆候は忘れ物や寝坊、書類の書き間違えなどのケアレスミスが増えたりします。

この時点で自覚する事は難しく、逆に「気を引き締めなければ」と自分をより追い詰めてしまいがちです。

さらに不調が進むと不眠や無気力などの症状が表れたりします。

眠くないのではなく、眠れない事による体調不良があるにも関わらず眠れない状態ですね。

シンプルにキツイやつなので、早めに心療内科を受診して睡眠導入剤を処方して貰った方が良いでしょう。

無気力は精神的にもキツイやつです。

「ダリぃから動きたくない」

って状態ではなく

「何かをしなければ」

「行動したい」

と思っているのに体に力が入らない状態です。

食欲や性欲なども無くなり、生命維持に必要な食事を摂取する事すら難しいほど気力が無くなってしまいます。

頭の回転も鈍くなり、思考はネガティブに陥ってしまいます。

感情が上手くコントロール出来なくなり、突発的に泣いてしまったりもします。

特に責任感の強い人は、色々な人に対して申し訳ないという気持ちが強く出てしまいます。

また、「甘えてる」だとか「同情を引こうとしている」と思われないか不安になったりもします。

こうやって客観的に見ると、明らかに精神にエラーが起きているのが分かると思います。

元々の性格やメンタルの強さに関係なく、どんな人でも似たような状態になります。

自衛隊の屈強でイケイケなレンジャー隊員でも、メンタルダウンした時はこんな感じになりました。

何度も「死にたい」と本気で思ったそうです。

休養の果てに立ち直った時は

「あの時はどうかしていた」

と、ケラケラ笑っていました。

メンタルダウンはシンプルにエラーを起こしているだけなんですよ。

それは一生懸命に頑張る人ほど起こりやすいエラーです。

だからまず、自分は悪くない事を自覚して下さい。

その状態では頑張ろうとしたり、責任を果たそうとするのは無理だし逆効果です。

今は無責任になって全力でダラけて下さい。

あらゆる責任をぶん投げて、心を軽くして下さい。

最初こそ無気力や不眠で辛い状態ですが、徐々に楽になって動けるようになります。

で、楽になると「何かをしなければ」と不安になるかもしれませんが、ダメです。

好きな事だけをやって楽を続けて下さい。

そうやってしっかり治して耐性をつけると、以前よりメンタルが強くなって、より強い負荷に耐えられるようになります。

だから、心を強くする過程だと思って死ぬほどダラけていれば良いんですよ。

依存と助けを求める事は違う

私がよく言う「人への依存」とは、あの手この手を使って構って貰い、承認欲求を満たす事です。

その手段としてよく使われるのが、メンタルダウンを偽る事なんですよ。

ただ、依存する人と心が弱っている人のメンタルダウンは、知っている人間からすれば全然違うものです。

私はどちらも散々見てきているから一発で分かるんですよ。

心が弱った人は自分の状態をスゲー気にしていますし、とにかく何とかしたい。

しかし、人に迷惑をかけたくない。

だけど、この辛さを分かって欲しい…と思っているでしょう。

依存する人は、承認を得るためにシンプルに構って欲しい。

そのため、とにかく自分を可哀想な事にしたい。

本当のメンタルダウンを知らないから、聞きかじったイメージで演じようとします。

だから、両者の反応は全然違うんですよ。

で、私は依存する人を遠ざけるんですが…

それをすると、心が弱った人も助けを求められなくなる。

依存する人と同じだと思われたくないし、そもそも迷惑をかけるのが辛いし、ネガティブな姿を見せるのも嫌だからです。

本当に助けが必要な人を助けられなくなるから、私は依存する人を辛辣に扱います。

私が唯一、完全に無視するのが依存する人ですからね。

しかし、心が弱った人に対しては本気で何とかしたいとも思っています。

その人達は、心が弱るほどスゲー頑張ったんですよ。

自分の限界を越えてしまうほど努力したんですよ。

それが救われないのは、あんまりでしょう。

だからね、その人達は迷惑をかけたとしても周りに助けを求めて欲しい。

むしろ迷惑をかけて死ぬほど甘えて欲しい。

自覚はしていなくても、それぐらいは許されるほどの事をやってきたわけですから。

これを言うと依存する人が死ぬほど湧くからあまり言いたくないのですが…

もし、自分ではどうにも出来なかったら私も相談に乗ります。

今、心が弱った人に必要なのは、理解される事と助けを求める事ですからね。

私はそれを迷惑だとは思いませんから。

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