西暦1000年、コロンブスよりも遥か前にアメリカ大陸に到達したヴァイキングの冒険家レイフ・エリクソン。
レイフの幾度かの探検の同行者であるトルフィン・トールズソン(ソルフィン・ソルザルソン)。
そのトルフィンをモデルにした漫画が、幸村誠氏の描く「ヴィンランド・サガ」です。
その劇中にトルフィンの父親として、時に強く、時に厳しく、時に寛容で、情に厚いトールズという人物が登場します。
いたずらで刃物を手にした幼少期のトルフィンに向かって、トールズは厳しい顔でこう言いました。
よく聞けトルフィン。
お前に敵などいない。
誰にも敵などいないんだ。
傷つけてよい者などどこにもいない。
本当の戦士には剣など要らぬ。
今回は、この話をしたいと思います。
※ネタバレ注意です。
トールズという人物
立派な体格で力強く、普段は温厚で優しい父親がトールズです。
心も体も非常に強い人物でありながら情にも厚く、家族や近隣の人々からもその人徳で慕われています。
しかし、かつては北海の精鋭であるヨーム戦士団の大隊長であり、敵味方から恐れられるような冷酷な戦士でした。
トルフィンの姉にあたるユルヴァが生まれた時も
「適当に名前をつけとけ」
と、妻のヘルガに言い放つほどの非情さです。
ただ…ユルヴァが生まれた事を境にトールズの心境に変化が生まれました。
戦場の非情さと不毛さを悟り、いつしか殺し合いに嫌気がさすようになっていく。
ある時、トールズは妻と娘を連れてヨーム戦士団から脱走します。
トールズの胸中にあったのは、殺し合いではなく「本当の戦い」をする事でした。
トルフィンが生まれて少年に成長した頃、トールズはヨーム戦士団に見つかってしまい、戦いに招集されます。
栄光を求めて戦いに沸き立つ村人達の中、1人沈んだ顔をするトールズ。
嬉々とする村の若者数名と共に船で集合地点へ向かいました。
海に出てしばらく経った頃、荷物の中からトルフィンが表れます。
どうしても同行したかったトルフィンは、船に乗り込んで隠れてついてきてしまったのでした。
仕方なくトールズは、途中でトルフィンを送り返す事に決めます。
しかし、途中に立ち寄った村で待ち構えていた傭兵団の急襲を受ける。
傭兵団の首領アシェラッドは、トールズに恨みのあるヨーム戦士団の小隊長からトールズ暗殺の密命を受けていたのでした。
トールズはたった1人、しかも素手で傭兵団を圧倒し、アシェラッドすら倒してしまいます。
しかし、トルフィンをアシェラッドの部下によって人質に取られてしまい、無抵抗になった所を大量の矢に射ぬかれ致命傷を負いました。
死の間際、トールズは自分以外の人間に手を出さない事をアシェラッドに約束させます。
アシェラッドはトールズに敬意を払い、約束することを固く誓う。
トルフィンを抱き寄せ「良かった」と言い残したトールズは、その場で命を落としました。
トルフィンとアシェラッド
トールズの死後、アシェラッドは傭兵団に誰一人として死者がいない事に驚きます。
「本当の戦士には剣などいらぬ」
戦いの中でアシェラッドもまた、トールズからその言葉を聞いていました。
トールズの高潔な戦いと精神は、アシェラッドの胸中に深く残ります。
夜、船の上で部下に呼ばれたアシェラッドは、激しい憎悪の眼差しを向けるトルフィンを発見。
アシェラッドは殺す事も放り出す事もせず、トルフィンは復讐のために傭兵団に取りつく事になりました。
時を経て、冷酷な戦士となったトルフィンは戦で功を上げる度に報酬としてアシェラッドと一騎討ちをするようになりました。
挑んでは敗北し、戦で功を上げてはまた挑む。
全ては父親の仇を討つためでした。
トルフィンとアシェラッドは戦いを繰り返し、時に協力して強大な敵を倒し、時に傭兵団の裏切りから逃れ、いつしかスウェーデンの第二王子クヌートの臣下に収まります。
クヌートがスウェーデン王に謁見する際、クヌートを疎ましく思っていた王からアシェラッドは
「クヌートの命か故郷のどちらかを選べ」
と迫られます。
どちらも選択出来ないアシェラッドは、乱心したフリをして剣を抜き、王を殺害。
クヌートに後を託し、自分を討つように目で合図します。
苦渋のまま、目で返事をするクヌート。
クヌートの合図で兵が駆け寄り、トルフィンの目の前で剣に貫かれるアシェラッド。
死の間際、アシェラッドは駆け寄ったトルフィンに「本当の戦士になれ」と告げ、命を落としました。
トルフィンの戦い
アシェラッドの死後、トルフィンは一時的に放心状態となり、アシェラッドを殺すように命じたクヌートに斬りかかります。
間一髪取り押さえられたトルフィンは、その罪によって奴隷身分に落とされる事になりました。
目標を失い、人が変わったように無気力になり、ただ奴隷として農場で働く日々。
眠りにつく度、自分が殺してきた人間達の悪夢にうなされていました。
ある時、新しく奴隷としてやってきたエイナルと出会い、徐々に打ち解けていきます。
エイナルは明るく、トルフィンは徐々に活力を取り戻していく。
二人は農場の使用人から嫌がらせを受けていて、せっかく開墾した畑を荒らされた時に喧嘩になってしまいました。
その日の夜、顔を腫らしたトルフィンは悪夢の中で自分が殺した人達に襲われます。
「ごめんよ」
と泣きながら謝るトルフィン。
しかし、その夢の中にアシェラッドが現れ、いまだ暴力の連鎖から逃れられないトルフィンに
「本当の戦いを始めろ」
と諭し、亡者からトルフィンを助けました。
その夢を境にトルフィンの目に力が戻り、「本当の戦士」を目指し始めます。
そんなある日、同じ農場の奴隷が無惨に死んでしまう事件が起きました。
誰も救えなかった二人は打ちひしがれ
「戦争も奴隷もない平和な国を作ろう」
と固く決意。
トルフィンは暴力と訣別し、多くの罪と後悔を背負いながら生きていく。
「本当の戦士」になるべく、自分の使命として平和な国を作るべくヴィンランドを目指すのでした。
※前編では物語の概要まで、後編では解説をしていきます。
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