人間らしい感情

哲学系記事
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今回は、わりと最初の方に書きたかった話だったんですが、この概念を理解するためには色々な話が必要になるので温めていました。

分からない人にはトコトン分からないもので、人によっては理解出来ない話だと思います。

しかし、極めて重要な事です。

今回は、人間らしい感情の話です。

人間らしい感情

人間らしい感情を持っていない人は意外と多いです。

感情を持たないと聞くとロボットのように感じると思いますが、どちらかというと獣に近い状態です。

もちろん、どんな人間にも喜怒哀楽は存在します。

しかし、他者への情け、正義感、義侠心、公徳心、感謝、愛情などの人を人たらしめる感情が薄い人が多い。

パッと見はそんなことないように見えますが、それがあるように振る舞っている人が多いだけです。

社会ではニコニコと愛想の良い人が、ネットでは誹謗中傷を繰り返していたりしますからね。

元々、人間らしい感情は自然に備わっていくものです。

ただ、何らかの原因によって徐々に失っていきます。

ストレスから身を守るためだったり、周りの価値観に合わせるためだったり、厳しい環境の中で生き延びるためだったり、極端にワガママが許される環境で生きてきたりなど…理由は様々です。

私は極端に人間らしい感情を持たない人間を「嫌な奴」と表現しています。

それが薄いほど極めて利己的になり、欲望を満たす事にしか興味が無くなるからです。

獣の社会だとそれが顕著で、パワハラ、マウント、暴力、イジメ、他者への依存は多いですし…

酒、ギャンブル、異性などの欲望を刺激するものにしか興味が無い人も多い。

人間らしい感情が無いと愛情を持てません。

恋愛では欲望だけで他者を見るし、自分の子供を物のように扱う人もいます。

また、正義感や公徳心も持てません。

平然と人を騙し、傷つけ、中には殺人を犯す事にすらためらわない人もいます。

義侠心や感謝の心も持てない。

誰かを助けようとする気持ちや人の助力に感謝をする事もなくなります。

そして、最も失うのが他者への情けです。

人間らしい感情を失った人間は、本心ではそれが当たり前として生きています。

むしろ人間らしい感情を持つ人間を「偽善」と一蹴したりするし、馬鹿にする人もいる。

私自身も昔はそうでした。

しかし、人間らしい感情を持たない事は不幸です。

誰とも信頼関係を築けず、自分を認める事が出来ず、人生の空虚を埋める事が出来ない。

それで幸せな状態にある人間を見た事がなく、金持ちでも貧乏でも何かに依存していないと生きられない人ばかりです。

人生における最初の命題は人間らしい感情を取り戻す事だと思っています。

小さな火を大切にする

人間らしい感情は、弱さや子供っぽさのような悪い物のように捉えられる事も多いです。

例えば、大人になって正義について語ると「子供の戯れ言」とか「中二病」として扱われます。

私は人間らしい感情を取り戻した事で、以前なら一蹴出来ていた依存に死ぬほど弱くなりましたね。 

だから、自分の中に生まれた人間らしい感情を否定してしまう人が多いんですよ。

良い人に出会うと心の中で何かが変わります。

良い人の人間性に感化されて、自分の中に人間らしい感情の火が灯る。

私が世の中にマトモな大人が必要だと思う最たる理由ですね。

ただ、生まれたばかりのそれは非常に弱く、自分の中の欲望や他人の嘲笑に容易くかき消されてしまう。

だから、その小さな火を大切にして欲しいと私は思っています。

そのためには周りに流されないようにする。

そうして、自分の中に生まれた小さな火を育てていく事で人間らしい感情になっていくからです。

感情が大きくなっていくと今まで理解出来なかった事や見えていなかった物が分かるようになっていきます。

私が死ぬほど説く「信頼関係の大切さ」もその一つです。

しかし、この記事の話をいきなりしても、人間らしい感情を持たない人には伝わりません。

「あーあ、ジジイみたいなコト言ってるわ」

程度に思われるのがオチでしょう(笑)

少なくとも小さな火が灯った人だからこそ理解が出来ます。

だから私の記事は、読んだ人の心に小さな火が灯るように書いてきました。

私と考えが全然違っても構わない。

その人の中に人間らしい感情があって求める正義があるなら、私はそれを尊重します。

仮に自分の正義と誰かの正義がぶつかる事があっても、敵対するわけでは無い。

考えが違うから敵というわけではありませんからね。

また、人間らしい感情を失っているから敵だとは思わないし、弱さ故の行動を責める気もないです。

今のところ私が敵対するのは…自分一人の欲望や保身の為だけに強い立場から他人を苦しめる奴だけですからね。

それも改心して乗り越えたなら、私は認めます。

最近、好きな配信者の「贖罪」という曲に聞きいってしまいました。

なんていうかこう…色々な事を思い出す曲です。

私もそうですが、人間らしい感情を失っていた頃の行いを後悔する事は誰しもあるでしょう。

でも、その後悔が出来るのは人として成長したからなんですよ。

だから、感情が溢れ出して色々な事を感じられるようになってきたなら「良かった」と私は素直に思います。

自分の正義

人として正しくあろうとするからといって、いつも杓子定規に正しくある必要はありません。

私自身わりとひねくれていますし、イタズラで人を引っかけたり、どうしようもない馬鹿話をしたりします。

まあ、それも人間らしさだと思っています。

ただ、心の中に自分の正義を持っていれば良い。

そうすれば大事な時に正しくある事が出来ます。

世の中には誹謗中傷や殺害予告など、弱さ故に人を傷つける人が必ずいます。

自分の正義を持てないうちは、それらによって人間らしい感情を失ってしまう人も多いでしょう。

しかし、色々な事を感じ取れるようになって、なぜそんな事をするのか理解しようとすると…

それらは全て悲鳴に聞こえます。

人への依存は表向きは肯定ですが、裏を覗けば人間性の否定です。

言葉ではなく行動での否定だからこそキツイ。

一方で、人への攻撃は表向きは人間性の否定ですが、裏を覗けば悲鳴です。

言葉は他者の否定でも、行動はその人の自分自身に対する葛藤なんですよ。

だから、キツイとは思わない。

他人を物のように扱う人を相手にしようとは思わないし、自分自身に葛藤している人に酷い事を言おうとは思わないでしょう?

これを本当に理解出来るのは、人間らしい感情があって自分の正義があるからです。

どんな心理学者や哲学者でも、人間らしい感情が無いと分からない。

その知識だけがある状態だと、それらに対して利用しようとしたり反撃しようとしてしまいます。

人は物のように扱っている人間に利用されたら、プライドが傷ついて激しく怒ります。

自分自身に葛藤している時に酷い事を言われたら、防御反応でより攻撃的になります。

そうやって自分を追い詰める事になるわけです。

人の心理は想像もつかないほど深い。

浅い部分を知ったところで大して役には立たないものです。

自分の欲望を満たすために人の心理を知ろうとしても、深い部分には到達出来ません。

誰かの為に何かをするという人間らしい感情から来る自分の正義。

それがあるから人に理解を示し、その心を深く理解する事が出来ます。

自分の正義によってしか辿り着けない領域があるんですよ。

その領域に辿り着くほど心は強くなっていく。

「心の強さ」と言葉で表すのは簡単ですが、その強さは複雑な要素によって成り立っています。

付け焼き刃ではなかなか鍛える事が出来無いもので、正攻法は自分の正義を追求する事です。

真摯に自分の正義を求めるほど心は強くなり、人間らしい感情を失わずに済む。

だから、人間らしい感情を取り戻したら、自分の正義を求める事が大事だと思っています。

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