価値観の違う人への理解

哲学系記事
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「人は自分を基準に人を見る」

人は自分の経験や考えを元にして他人の言動の真意を推測するという事です。

これは私の持論ですが、的を射ていると考えています。

例えば、私みたいに共感能力が無い人でも相手と同じ経験をしていれば共感する事が出来ます。

それは私自身がその物事に対する喜びや辛さを知っているからです。

このように、人は自分自身の中にある見識で他者を見るものです。

しかし、人はそれぞれ価値観を持っていて、特殊な人であるほど特殊な価値観を持っています。

それぞれの価値観によって、それぞれの物事に対する反応は変わります。

自分と他人が違う事を理解していないと、誤解やすれ違いを生みます。

今回は、そんな人の反応の話です。

そっけない対応

話しかけた相手がそっけないと

「嫌われているのではないか?」

と感じる人も多いと思います。

しかし、相手に嫌われたり変な奴に思われる事が怖くて対応がそっけなくなる人もいるんですよ。

例えば、スゲー他人に気を使う人は

「自分の好意が迷惑かもしれない」

「下手な事を言ったら気を悪くさせる」

という考えから、そっけなくなったりします。

どうでも良い相手やマニュアル対応は得意でも、仲良くなりたい人ほど上手く話せない人が多いです。

また、警戒心の強い人や人間関係にトラウマのある人は、相手が安心して関われる人かどうかを見定めるまではそっけなくなります。

さらに、独創的な価値観を持つ人は他人と話が合う事が少なく、基本的に人付き合いは慎重になるものです。

気楽な1人を好み、安心して付き合える人間以外との関わりを怖がる傾向があるため、そっけなくなります。

人は慣れない人を相手にする時、わりと愛想を良くする人がほとんどです。

初対面とか良く知らない間柄でそっけない対応をされる時は、自分が嫌われているわけではなく相手の内面に理由がある事が多いです。

一般的な価値観から離れている人ほどそうなりやすい。

だから、安易に「嫌われている」と考えなくても良いと思います。

例えば、価値観が近い人に嫌われる事ってあんまり無いんですよ。

好感を持たれるがゆえに避けられる事もある。

コミュ障同士だと、お互いに好感を持っているのに、お互いに「嫌われているかもしれない」「迷惑かもしれない」と不安になってたりします。

傍から見てて、スゲーもったいないと思います。

嫌われる事に慣れている人でも、自分が好感を持つ人に嫌われるのはキツイものです。

私でも「ウグッ」ってなりますからね(笑)

でもそれは、人間関係を作る上で必要なリスクなんですよ。

そっけない対応をされても踏み込んでみると、案外平気だったりします。

内面がややこしい状態の人は仲良くなると面白い人が多いので、腹をくくって踏み込んでみて下さい。

人間関係では時に覚悟が必要になります。

ゼロをゼロのままにするよりは、プラスに変えた方がマシだと私は考えています。

駄目なら駄目で諦めがつきますからね。

IQ

IQが高い人は思考力や物事の理解力が高いので、普通の人では分からないようなリスクが把握出来ます。

そのため、心配性な人が多いです。

周りから見たら

「なんでそんな事気にしてるの?」

みたいに思えます。

例えば、絶対に安全な吊り橋があったとして、それは誰も心配せずに渡れると思います。

では、1%の確率で崩落する吊り橋だったら安心して渡れるでしょうか?

そうそう落ちなくても渡る時に不安になるし、人によっては渡れなくなると思います。

しかし、普通の人は1%の確率で崩落する吊り橋を何も気にせずに渡っています。

リスクが分からないので、安全だと思っているからです。

しかし、IQが高い人はリスクが分かるから普通の人が平気な吊り橋を怖がります。

普通の人よりも多くの事が分かるからこそ苦手なものがあるわけです。

実際のところ、杞憂に終わる事が多いんですよ。

しかし、1%を知らないまま大変な事態に陥る人もいるから悪いとは言えない。

ただ、多少のトラブルを覚悟した方が楽に生きられるかもしれません。

「気にするな」と言っても気になるものですから、ある程度の損害は覚悟して考えないという手があります。

また、理解力が高いため、物事に求められるレベルを把握している人も多いです。

普通の人が絵を描く時は自分なりに上手く出来たら満足します。

それが周りから見たら大した事がなくてもです。

しかし、IQの高い人は周りから求められるレベルを理解している事が多いから、そのレベル以上の絵を描こうとします。

そのため、スゲー努力家か諦めの早い人が多いです。

求道者気質で、未熟なものを世に出したくないからです。

この人達は「実力が全然足りてない」と思っている人が多いので、追い込むと逆効果です。

「もっとレベルの高い人がいるよ」

みたいな言葉は禁句です。

最悪の場合、実力があっても諦めてしまいます。

かといって実の無い賞賛はあまり効果が無いので、実力通りの賞賛が必要になります。

まあ、そもそも実力がつきやすく自己評価が低めなので、それで十分モチベーションになります。

さらに、IQが高い人は精神的な不調になりやすいです。

リスクが見えるから普通の人より怖いものが多いし、求められるレベルを知っているから自分を追い込み過ぎる。

また、IQが高いほど自分の考えが理解されないという絶望感をよく味わいます。

人が人と関わる時に最も辛いのが理解されない事で、最も嬉しいのが理解される事です。

だから、根本的に社会が辛い人が多いので病みやすいわけです。

だから、そういう人と接する時はきちんと理解するか全肯定のどちらかが必要になります。

その人達は、自分の特性を把握して活かせるようになればスゲー活躍出来るようになる。

そのためには精神の成長過程をどれだけ守れるかが重要です。

自力で困難をはね除けられる人ばかりではないですから。

対等を好む者

私はついつい保護者みたいな目線で若い人を見てしまいがちです。

これは「次世代の盾となり礎になる」という私の思想から来るもので、似たような考えの人も結構いるのではないでしょうか?

ただ、誰かに守られるより対等に扱われる事を好む人もいます。

人に甘えたり助けられる事があっても、自分の力で何かを成し遂げたいし、何かを与えれる人間でいたいからです。

だから、自分自信と戦う人間は年齢に関係なく対等に扱う必要がある。

じゃないと、その人達が持つ長所や能力を見落とすし、信用も失ってしまう。

個人的には、その矜持を認めたいという気持ちもあります。

若い人と接する事が多い人は、頼られたりフォローする機会もあるでしょう。

だからといって下に見るというのは間違いです。

協力関係においてフォローする比率が違うだけですからね。

人は子供扱いをされると成長しなくなるんですよ。

力を試して発揮する場所が無くなりますから。

だから、若い人が力を発揮しない時は相手の力を認めていない可能性が高いです。

未知数を未熟と捉える人も多いですからね。

色々な人と会って色々な話を聞くと、若い人達の能力の高さには驚かされます。

私の世代の20歳と今の世代の20歳は完全に別物ですね。

だから、組織においては若い人達が力を発揮する環境を整える必要があると思っています。

だから、信用して任せる事が必要になるんですよ。

まあ…責任も仕事も全て部下にブン投げるような上司だったら問題なんですけどね(笑)

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