人である限り、矛盾は生まれる

哲学系記事
スポンサーリンク

色々な人のTwitterを覗いていると、たまに

「過去の発言との整合性が取れていない」

というリプライを目にします。

今の発言と数年前の発言を指摘して、叩くものですね。

まあ、矛盾というやつなんですが、矛盾しているから全てが悪いというわけでもないんですよ。

今回は、そんな感じの話です。

人は成長する

人は様々な経験を通じて考え方が変化していきます。

それは人間性が成長している証で、考えと同時に発言も変化します。

昔と今で言ってる事が違うのは当然で、逆に一切変わらない方が問題です。

しかし、一般的な価値観だと過去の発言と今の発言が矛盾する事が悪いかのように捉えられています。

昨日と今日で真逆の事を言ってたらツッコミ所があるものですが、半年や1年も経てば大抵は変わるものです。

例えば、10代の頃に

「サラリーマンにはならない」

と言っていた人が、30歳になると

「堅実に働くのが一番だ」

と言いながらサラリーマンをやっている。

私はこれをおかしいとは思いません。

若く世の中を知らなかった時の発言と、社会を知って揉まれた後の発言なので変わるに決まっています。

逆に、若い頃の発言を守り続けて葛藤しながらニートをやってる方が問題です。

ある程度に物を考える人にとって、昔と今の発言が矛盾するのは当たり前の事なんですよ。

私も冗談でそれをイジったりする事はあるんですが、基本的に過去と今が矛盾する事は当然だと考えています。

しかし、中には本気で叩く人もいます。

そのため、矛盾を指摘される事を恐れて頑なに昔の考えを守り通してしまう人もいる。

本当は間違っている事が分かっていながら認められない状態に陥ってしまう。

これはスゲー問題で、そこで成長が止まってしまいます。

私の考え方では、昔の自分は今の自分よりポンコツなんですよ。

だから、昔の自分より今の自分の方が基本的には正しいというわけです。

まあ、陰謀論とか変な宗教にハマっておかしくなった人も見てきているから、必ずしもそうとは言えないんですけどね。

一方で矛盾を受け入れられない人は、昔も今も同じ自分であり、どちらも正しくないといけないと思い込んでいたりします。

しかし、最初から強者で賢者な人間なんていません。

私からすればスゲー無理のある話だと思っています。

無駄にカッコつけなくても

「間違ってたわ」

の一言で片付く問題です。

私自身、一年も経てば大筋は変わらなくても細かい部分の考えは変わるんですよ。

数年経てば大筋が変わる事もあります。

特に、心の鎧がほどけた時から劇的に変わりました。

例えば、昔は他人への情けは不要と考えていましたが、今は死ぬほど大事だと考えています。

なんでそうなるのかと言うと

「人間性が成長しているから」

シンプルにこれが理由です。

感情論は矛盾が多い

基本的に発言が矛盾するものとはいえ、短いスパンでコロコロ変わる人もいるんですよ。

「動物を殺すのは良くない」

と言いながら、一週間後には

「焼き肉美味しい」

とツイートする。

私はもうギャグの一種だと捉えています(笑)

なんで簡単に矛盾するのかと言うと、考えて出した結論では無いからです。

論理的に物事を考える時は反証をするんですよ。

「食べ物の好き嫌いをする奴は駄目だ」

「いや、アレルギーや文化の違いもあるからそうとは言えない」

みたいに、自分の中で角度を変えて考えるわけです。

一方、その場の雰囲気とか一時のテンションで発言すると後々で必ず矛盾します。

誰かにマウントを取るために

「食べ物の好き嫌いをする奴は駄目だ」

と、よく考えずに言ってしまうと、後々に食べられない物が出てきた時に矛盾します。

「キビヤック」というイヌイットの発酵食品を出された時、日本人で食べられる人はまずいないでしょう。

感情論はすぐに矛盾するんですよ。

ただ、間違いを素直に認めるなら全然良いと思います。

しかし、感情論で言ったわりに頑なに間違いを認めないと、後々に自分を苦しめます。

無駄に自分を縛る鎖を増やしてしまうわけです。

まあ、全ての人が論理的に話せるわけでもないし、どんな人でも感情論は出ます。

なので、一点だけ気をつけた方が良いポイントが

「やたらめったら否定しない」 

です。

肯定よりも否定の方が自分を縛る鎖になるんですよ。

ヴィーガンが流行って

「肉を食うのは良くない」

って声高に言い出したら、ずっと肉が食えなくなります。

今まで普通に肉を食ってた人がノリで言い出したら、1ヶ月くらいで発言を後悔するでしょう。

また、人は劣等感を抱く何かに対して感情論で否定しがちですし、優越感のためにも何かを否定しがちです。

それもまた自分を縛る鎖になる。

だから、もし否定をするなら考え抜いてから否定する。

で、間違っていた時は素直に間違いを認める度胸を持つ。

それが大事です。

寛容であれ

間違いを認めるには勇気がいるんですよ。

当たり前に出来る事ではなく、レベルの高いスキルなんですよね。

私も盛大に間違えた時は、認める為に気合が必要になります。

認められないと意固地になって言い訳をするハメになる。

私はそれが死ぬほどダセーと思っているし、自分を信用出来なくなるから気合を入れて間違いを認めます。

で、それがキツイのを知っているから素直に間違いを認められる人は信用出来るんですよね。

私が人を判断するポイントの一つです。

ただ、間違いばかりで認めてばかりだとやっぱりキツイんですよ。

だから、そもそも無駄に間違いを増やさない方が良い。

やたら否定しない方が良い理由の一つです。

ネタとかエンターテイメントの芸風でやるなら面白いんですけどね(笑)

また、やたらめったら人の矛盾を突く事も自分を苦しめます。

それも否定と同じように自分を縛ります。

悪質な意見ならともかく、どうでも良い事なら放っておいて良いと思うんですよ。

まあ、私はネタでやったりしますし、やり返されたりしますけどね。

という、矛盾です(笑)

まあでも、ここで言った事は考える人なら普通に分かっていると思います。

私も一年以上ブログを書いているので、どこかに必ず矛盾はあるはずです。

私も日々成長していますからね。

しかし、殺害予告は受けても矛盾の指摘は一度もありません。

だから、私のブログを長く読んでくれる人は、しっかり物事を考える人が多いんだろうなと思っています。

コメント

Copied title and URL