抽象化、具体化、詩的表現を理解するための話

哲学系記事
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今回は、なんやかんや私の文章の肝になる話になりました。

文章を書いたり読んだりする上で重要なポイントとなる、抽象化、具体化、詩的表現。

これらを理解すると文章だけでなく色々な事に役に立つ。

会話したり、詩を書いたり、物事の本質を理解したり、要点を見抜けるようになったり…応用出来るものは多いです。

まあ、私の文章は基本的に独学…というか野生で学んだので、どこまで参考になるかは分からないですけどね。

今回は、そんな感じの話です。

抽象化

抽象化は物事の構造を理解する事でもあるので、本質の理解にも繋がるものです。

物事の構造の中にある「共通点」が抽象化のポイントになります。

昔、昼夜2交代シフトの仕事をしていた時、上番者は交代時間の10分前までに出勤して下番者と引き継ぎを行っていました。

その中でシフトの1人が

「労働時間外だから10分前に来る義務はない」

と言い出したんですよね。

しかし、引き継ぎは必ず必要になります。

勤務開始時間から引き継ぎを始めたら下番者が長く留まる事になる。

つまり、10分前に来なかったら帰るのが10分遅くなるだけなんですよ。

私はこれを「朝三暮四」と例えました。

朝三暮四は中国の故事で、飼っている猿に対して

「朝に3つ、夜に4つ木の実をやる」

と言ったら猿が怒ったので

「朝に4つ、夜に3つ木の実をやる」

と言ったら納得したという話が元になっています。

目先のちょっとした違いにとらわれて、最終的な結果が変わらない事に気が付かないという意味の故事ですね。

前述の話と朝三暮四は

●最終的な結果が変わらない

●目先のちょっとした違い

という部分に共通点があります。

こうやって物事の本質的な部分に共通点のある例えを探して抽象化するわけです。

となると、シフトの構造という本質、朝三暮四という話の本質を理解していないと出来ないんですよ。

だから、まずは物事の構造を理解する必要があるんですよね。

そして、抽象化は元の事象よりも対象範囲が広いものを探します。

例えば、前述のシフトの話は具体的であるがゆえに対象範囲が限定的です。

一方で、朝三暮四の意味は対象範囲が広く、色々な物事にあてはまります。

シフトの話を聞いたら、朝三暮四が頭に浮かぶ人も多いと思います。

逆に、朝三暮四という故事を聞いてシフトの話が頭に浮かぶのは私ぐらいですね。

対象となる人の範囲が全然違うのが分かるでしょうか?

対象範囲を広くするのが抽象化なんですよ。

似たような物だと例えツッコミがあります。

昔、自衛隊の先輩と遊びに行く約束をしていて家に迎えに行ったら

「魚を干しているからちょっと待って」

と言われて

「田舎のババアか」

とツッコミました。

比較的に栄えている都市で魚を干す人という違和感のある先輩の行動と…

昔ながらの田舎にいるお婆さんは干物を作っているイメージがあるから「田舎のババア」と例えたわけです。

そのまんま「魚を干す」が共通点ですね。

他にも田舎のお婆さんは、縁側でお茶を飲むとか勝手に人の家に上がるとか色々なイメージがあると思います。

「魚を干す自衛隊の先輩」は、一つしか意味が無いから対象範囲が狭い。

魚を干す以外にも意味がある「田舎のババア」という例えは対象範囲が広くなるので、これも抽象化なんですよ。

ちなみに例えツッコミの面白さは

●語感の良さ

●例える言葉のトリッキーさ

●直感的な理解しやすさ

●間とテンポ

に左右されます。

「田舎のババア」はトリッキーさに欠けるものの、他の要素は秀逸だと個人的に考えています(笑)

お笑い芸人の小峠さんだったら「ぃぃぃい田舎のババアか!」って独特な間とテンポの使い方をしそうですね。

また、例えツッコミは知識とセンスが無いと理解出来ないような難しいものもあります。

例えば、「トゲアリトゲナシトゲトゲ」という昆虫がいて、結局トゲがあるのか無いのか優柔不断な名前をしています。

これに対する知り合いのツッコミが

「ゴリラを見習え」

でした。

ゴリラは学名が「ゴリラゴリラゴリラ」と一貫してゴリラなんですよ。

1ミリもブレずにゴリラな「ゴリラゴリラゴリラ」の潔さを見習えという意味ですね。

まずゴリラの学名を知らないと分からないし、抽象化するセンスが無いとトゲトゲの優柔不断さとゴリラの潔さを関連付ける事が出来ない。

だから、分からない人も多いわけです。

抽象化するセンスは、構造を理解する事への慣れです。

早い話が、本質を掴む能力が高いほど抽象化が上手く出来る。

抽象化のセンスを磨きたければ、知識を取り入れる度に似たような構造のものを考えてみたり、とにかく例え話をしてみる事です。 

結局は知識と場数ですね。

具体化

具体化のポイントは話の流れや前後の文脈から判断する事と、自分の経験と照らし合わせる事です。

例として

彼は暴力的で、いつも誰かに暴力を振るっている。
みんな彼を怖がっているし、怪我をした人もいる。
やっぱり人を傷つけるのは良くない
理不尽な暴力を振るっている人を見たら注意しよう。

この文章を読んで

「人を傷つけるのは良くない」

という抽象的な一文は、鉄パイプや拳で人を殴ったりなどの物理的な暴力が良くないと言っている事が推察出来ます。

そんな事をする人はあまりいないので、対象が限定されている話になりますね。

しかし、前後を無視して一文だけを見たら対象が限定されなくなるので、ありとあらゆる人を傷つける行為を否定しているように見えます。

だから「人を傷つけてはいけない」と言われたら、ほぼ全ての人が当てはまる事になる。

人を傷つけた経験が無い人なんて、まずいませんからね。

広い対象範囲を狭めていく事が具体化です。

具体化が上手く出来ないと何でもかんでも何かに当てはまってしまう。

そのため、抽象的な表現は対象が広い変わりに真意が伝わりにくいという特性があります。

で…抽象的な表現を否定に使うと色々な問題が発生するんですよ。

多くの人が自分の事を否定されたと感じてしまうため、対象を限定出来るような前後の文脈が必要になります。

特にSNSの投稿やyoutubeのコメントみたいな短い文章の場合は少し注意です。

文脈と呼べるものがあまりないので誤解されやすいんですよ。

例えば、Twitterによくある典型的なパターンで

「誰とは言わないけどマジでむかつく」

これだけだと具体化する判断材料が無いから、他の人は「自分の事かもしれない」と考えてしまいます。

口頭ならともかく、単発の文での抽象的な表現は判断がつかないからです。

それを言うなら、例えば

「筋トレと哲学の話ばかりする両生類みたいな名前のオッサン、マジでむかつく」

ぐらいに限定して具体化すると、その場合は私だけが「ごめんね」って思います(笑)

人には猜疑心があるので、不安になって考えたらネガティブになり、自分の事を言われていると思い込んでしまう。

だから、多くの人が対象となる抽象的な否定は死ぬほど誤解を生むんですよ。

まあ、私もやらかしてるから人の事を言えないんですけどね。

また、現実問題として判断のつかない抽象的な否定は山ほどあります。

それらは無視するか、無視出来ないなら自分の経験からポジティブに捉えてしまうのがベストです。

よくあるのが「死ね」というシンプルな誹謗抽象。

自衛隊では日常会話で使われる言葉で、ほとんどが冗談として言われています。

「遅えよ、死ね!」

「人に死ねって言うんじゃねえよ、死ね!」

っていうバカみたいなやり取りがよくありました(笑)

「死ね」っていう言葉を見たら、そういう雰囲気で脳内再生するんですよ。

要するに冗談として捉えてしまうわけです。

誹謗中傷ではなく、悪意のある言葉でもなく、冗談のニュアンスとして見る。

これも具体化です。

また、難しいのが曲の歌詞みたいな詩的表現の具体化です。

通常の具体化に加えて想像力が必要なんですよね。

だから、解釈は人によって異なります。

例えば、Adoさんという方の曲「阿修羅ちゃん」。

これ非常に面白い曲なんですが、その歌い出しの部分

誰それがお手元の世界に夢中 化け物の飼い方を学んでる
選ばれる為なら舌を売る 裏切られた分だけ墓を掘る

個人的に、この曲はSNSへの依存の事を歌っていると考えています。

誰それがお手元の世界に夢中

現代人が手元に注視するのはスマホですよね。

さらに、その中にある「世界」という表現はSNSの事だと推察します。

現代人は誰もがSNSに夢中というわけです。

化け物の飼い方を学んでる

SNSと関連する「化け物」とは承認欲求の事であると私は考えます。

「承認欲求モンスター」なんて単語もありますからね。

SNSには自分を大きく見せたり迷惑行為をする人が多く、それによって叩かれたり炎上したりしています。

自分が攻撃されたり、他人が攻撃されてる姿を見て、人に攻撃されない承認欲求の満たし方を学んでいるから「飼い方を学んでいる」わけです。

選ばれるためなら舌を売る

厳密には「舌を売る」という言葉は無く、これは造語ですね。

まあ、前後の文脈や漢字の意味合い的には、自分の意に沿わない事を言ったり嘘をつくという感じですかね。

選ばれると言えば人気者になる事で、SNSだとバズったりインフルエンサーになったりする事だと解釈します。

そのためなら、気に入られようとして有名人に取り入ったり、嘘をついてブランディングをする奴がいる…と言いたいわけです。

裏切られた分だけ墓を掘る

墓を掘るはそのまんま「墓穴を掘る」と解釈します。

自分が生み出した状況で自分が不利になる事ですね。

ネット上で裏切られる事と言ったら、一番は「暴露」ですかね。

例えば、裏で行っていた悪事やイメージを作るための嘘を知り合いに暴露される。

暴露した人もまた誰かに暴露されるという、阿鼻叫喚な事態がネット上では散見されます。

まさに裏切られた分だけ墓を掘るですね。

…こんな感じで、ロックで痛烈な社会風刺の曲なんだと解釈しています。

詩的表現で難解にしているから、今一つ曲の意図が伝わりにくいですけどね。

ちょっと脱線しましたが、こんな感じで歌詞から情景を想像して具体化していくんですよ。

詩的表現

私の文章は詩的だとよく言われるんですが、それは詩的表現をよく使うからなんですよ。

詩的表現はゴリッゴリに抽象的な表現方法で、人が書く文章によっては何を言ってるのかサッパリ分からないレベルです。

詩的表現には意味が伝わりにくくなるという強烈なデメリットがある反面、感情に訴えるという強烈なメリットも存在します。

人の原動力は感情なので、感情を動かせる表現は強い。

例えば

「辛い事は誰にでもありますが、乗り越えた経験は自分のためになります。」

という文を読んでも、私はいまいち感情が動かない。

だから

「逆境は自分を鍛える」

「研鑽を積み、苦難に耐え、障害を乗り越えた経験が糧になる」

とか

「クソみてえな状況で腐る奴と這い上る奴、上等なのはどっちだ?」

みたいな言い回しをします。

ただ、これ狙ってやってるわけじゃなくて自然に出てくるんですよ(笑)

死ぬほど本を読んできて、それらの表現方法を価値観として吸収しているからです。

特にローズマリー・サトクリフと北方謙三の影響が強いかもしれません。

表現方法とは別に、言葉選びは自分のナチュラルな口調が出ています。

今回の記事みたいに淡々と説明する時は、比較的に冷静な口調ですね。

本気で人を動かそうとして語りかけると上記の文みたいに荒くなります。

逆に普段から自分がしない口調だと上手く書けないし、ちぐはぐな表現になってしまうので難しいですね。

だからもし私がオネエ言葉で書き始めたら、タマが無くなったと思って下さい(笑)

詩的表現は基本的には抽象化と一緒なんですが、それに加えて韻を踏んだり文のリズム感を取ったりします。

例えば

「走る、鍛える、伏せる、耐える、そうして兵士は強くなる」

これ、韻を踏んでリズム感を取っているのが分かりますかね?

子音と句読点がポイントになります。

私はほとんど感覚で書いているんですが、こういう文章を読み込んでいたら自然に身に付きました。

まあ、私は文章の内容や伝え方に力を使っていて、詩的表現は自然にそうなるだけだから何とも言えない。

自分の中にある世界観を使って語りかけるイメージですね。

だから感情が揺さぶられるほど無駄に熱い文章になってしまって、後で読み返した時は自分で

「ヒイイイエエ~」

と悲鳴を上げたりしています(笑)

詩的表現の構造を理解する事で、より自分の価値観として吸収しやすくなります。

吸収して表現方法が増えるほど、感情を文章に乗せられるようになります。

論理的な説明と違って、詩的表現は感情が肝になるわけです。

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