人に頼る

哲学系記事
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私自身もそうですが、人に頼るという事は苦手な人にはトコトン苦手なものです。

「人に頼るのが苦手」

最近、行く先々でこの手の話をよく耳にします。

全体的に頼る事が苦手な人が増えているのかもしれません。

単純に頼るのが苦手と言っても理由は様々なんですが、頼る事が悪い事として考えている人が多いように感じます。

今回は、頼る事についての話です。

コミュニケーション

人によって頼る事自体が心理的負担になる事が多いです。

自分の弱みを話す事に抵抗があったり、迷惑に思われないか不安だったりするからです。

弱みを話すと怒られたり、馬鹿にされたりする事もありますし

「人に迷惑をかけてはいけない」

という漠然とした教えが一般的な価値観の中にあり、真面目な人ほど呪いのように根強く残っています。

ただ、大人の価値観では人の痛みに寄り添う事や弱っている相手の力になる事が美徳とされていますし、人に迷惑をかけてはいけないのは状況次第です。

例えば、Twitterで迷惑行為の動画を上げる人はシンプルに迷惑なのでよくないですよね。

じゃあ、スゲー困ってて誰かに助けを求める事はよくない事ですかね?

もちろん、そんな訳がない。

迷惑も種類によるわけです。

人の中には大なり小なり善性があって、頼られた時は何とかしようとするものです。

大抵の人は頼られる事自体が嬉しかったりもしますからね。

自分目線で考えると、人に頼る事は相手に余計な手間をかけさせるようで気が引けるものです。

しかし、相手によっては嬉しかったり、やる気が出たりする事もあります。

人を助ける事は自己肯定感の向上にもなるからです。

そもそも、頼られた時に応える事が当たり前になっている人もいますね。

一定の役職やポジションについた経験がある人に多いです。

そういう人は慣れているので、特に思うところもなく普通に対応してくれたりします。

頼る事自体は人を不快にさせるような悪いものではなく、コミュニケーションの一種なんですよ。

100%他力本願ではなく、少なからず自分で解決する意志があれば大抵の人は快く引き受けてくれます。

だから、頼る事でも人と仲良くなりやすいし、頼る事で信用が減ったりはしないです。

解決が難しい悩み

頼れない理由で意外とあるのがこれです。

そもそも解決が難しいやつですね。

相手に余裕が無くて迷惑がられたり、単純に嫌がられるかもしれない。

シンプルに相手が助けを受け入れてくれるかどうか分からない。

私自身、助けを求めても受け入れられなかった経験の方が圧倒的に多いです。

あまり関わりのない子供から虐待の相談をされても、身を削ってまで助けようとする人はまずいないでしょう。

通常、人は相談されたいものですが、キャパシティを越えた相談は嫌がられたりします。

抱えている悩みや痛みが大きい場合は、大抵の人が難色を示すものです。

例えば、イジメの相談って乗りたがる人が多いんですが、実際に被害者と向き合うと嫌がる人も多いんですよ。

問題自体がわりと複雑だし、根本的に解決するためには身を切ったり責任を負う必要があるし、相談者がネガティブになっているから行動を起こさせるのが難しいからです。

だから、助けを求める時は解決する力を持った人に相談する必要があります。

スゲー良い人だったら力が無くても何とかしてくれようとしますが、基本的に助けてくれる可能性があるのは問題を解決する力がある人です。

私も残酷な事を言いたくはないんですが、現実問題としてこれがあるんですよね。

もちろん、相談しやすい人が身近にいるならまず相談した方が良いと思います。

ただ、頼る相手を探すなら自分の悩みの種類を把握して、得意な人や専門家や団体などを調べる必要があります。

大抵の場合、自分には無い知見や方法を持っているので手っ取り早いですしね。

…こうやって書くと当たり前に聞こえますが、意外とこれをやらずにテキトーに相談している人も多いんですよね。

例えば、私に

「どうすればモテますか?」

って、相談してくる奴。

お前が相談しているオッサンがそもそもモテねーからな、知らねえよ(笑)

能力の高さゆえに頼れない

人に頼れない理由で一番難しいのが、本人の能力が高くて同じレベルの作業が出来る人がいない事です。

特に高い水準の万能型だと、大抵の事は自分で出来るうえに自分でやった方が早いしクオリティも高い。

能力がハイレベルになるほどマイノリティになるので、現実問題として頼る相手が見つからないわけです。

個人的に、この手の人は「教育」にまわる段階に来たのかなと思います。

軍隊的な組織論の考え方をすると「英雄は必要ない」とされています。

普通の人間の中に英雄が1人混ざると、他の人間は英雄に頼って成長しなくなる。

これは、私が自衛隊で実際に見てきた事でもあります。

組織は総合力です。

1人だけが突出した部隊よりも、全体的な水準が高い部隊の方が強い。

全体的な水準が高い部隊は、英雄ではなく優秀な指揮官が作るものです。

だから、優れた兵士は昇進して指揮官になり、部隊として戦うのではなく教育と指揮を担当します。

自分が持つ技能を伝えて、部隊全体の底上げを図るわけです。

だから、能力の高い人間は「頼る」のではなく「教育」をするつもりで作業を任せる必要があるのかなと思います。

スッゲー大変ですけどね(笑)

頼るつもりで作業を任せた相手が必要な水準に達しないとストレスになる。

一方で、教育として作業をやらせてみて、上手くいかない時は自分がバックアップをするスタンスだと、案外ストレスにならないものです。

地道ですが、長期的には自分が楽になるし高いレベルの人間を見つけるよりも現実的です。

まあ、端的に言うと頼る相手を自分で育てるわけです。

これ、尋常じゃない労力なんですが…組織を育てるためには必ずどこかで必要になる事なんですよ。

だからこそ、しっかりした組織は教育に力を入れます。

高い能力があると自分が到達出来るレベルで作業を進めたくなるものです。

理想が実現可能な領域に見えているなら尚更ですよね。

しかし、現実問題として多くの人間はついてこれないし、同じレベルの人間はなかなか見つからない。

1人の英雄なら早く先へ進めても、集団で足並みを揃えると遅くなる。

集団の限界という奴なんですよ。

だから、軍隊は全体の足を早くするため、教育に力を入れるわけです。

まあ、軍隊と違って一般企業や団体だと英雄も必要になると思います。

ただ、それと同じぐらい優秀な指揮官も必要になってきます。

頼る相手がいなくなった時、それは指揮官になる時なんだと思います。

自分が先頭に立って引っ張っていく。

それを覚えた時、また新しい協力の形を学べると思います。

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