ネガティブになった時は思い出せ

哲学系記事
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ネガティブになるのは良くない事ですが、人は構造上ネガティブになりやすい生き物です。

ポジティブな人はポジティブな行動から来る結果によって自信を得ているからポジティブでいられます。

しかし、ネガティブなマインドは考え方でどうにか出来るものです。

人にはネガティブになる時が必ずあって、その時の対応で段々とポジティブに変えていける。

今回は、そんな感じの話です。

未知への恐怖

人は知らない事に関わる時は恐怖を感じます。

普段やっている事は手順を知っていて結果が予測出来るから安心感がある。

しかし、経験が無い事を始める時は手順も分からないし結果も予測出来ない。

それはまるで暗闇の中を歩くようなもので、「何も分からない」という恐怖があるわけです。

未知への恐怖は人が潜在的に持つものです。

例えば、平社員から管理職に昇進すると仕事の内容がガラッと変わります。

今までやっていた安心感のある仕事ではなく新しい仕事を覚えねばならないし、それが上手くこなせるかも分からない。

当然ながら不安になります。

で、その不安の正体は未知への恐怖というわけです。

新しい事に挑戦出来ない人の多くは、恐怖からネガティブになり挑戦自体が億劫になって気力を失っている事が原因です。

ただ…知らない事をやるのが怖いのは当たり前なんですよ。

どんなに準備したって、どんなにスキルや経験を身に付けたって、怖いものは怖い。

いつまで経っても怖いし、時間が経つほど気力を失って挑めなくなる。

大切なのは

「やりたいかどうか」

「やるべきかどうか」

です。

他の要素はオマケに過ぎず、その気持ちがある時が挑む好機です。

大抵の物事はすんなり上手くはいかないもので、トラブルや障害はつきものです。

だからトラブルや障害がある前提で、興味を感じた時に未知へ飛び込んでいく。

これが新しい事を始めるコツなんですよ。

猜疑心

いくつかの記事に書いてきた事ですが、人をネガティブにさせる主な原因が猜疑心です。

これはかなり重要な事なので何度も書いています。

生き物には危険を避けるために不安や恐怖といった感情があります。

前述した未知への恐怖も、警戒して危険を避けるために存在します。

人の脳は危機回避のために不安や恐怖を抱いて警戒するわけです。

ただ、それが行き過ぎてしまい、現代社会では足を引っ張るようになりました。

ネガティブになって考えた事が根拠もなく確信になってしまう心理現象を「猜疑心」と言います。

例えば…

誰かが話している姿を見た

「自分の事を話していたら嫌だな」

その内の1人と目が合った

「自分の事を話しているかもしれない」

笑っている姿を見た

「悪口を言われていたら嫌だな」

不安になって考え込む

「自分の悪口を言っているに違いない」

という風に、明確な根拠もなくネガティブな確信に変わってしまうわけです。

実際には

●誰かが話している姿を見た

●その内の1人と目が合った

●笑っている姿を見た

というだけで、自分が悪口を言われているなんて確証はどこにもありません。

ポジティブに考えたら「自分の事を誉めている」とすら感じられます。

にも関わらず見た事とネガティブな考えを繋げて、揺るぎない確信になってしまったりする。

誰かが話している光景なんてどこにでも見られる事です。

視線を送っていれば目が合う事もある。

話をしていれば笑う事もあります。

しかし…そんなごく当たり前の光景を見ただけでも疑いを持ってしまうわけです。

「嫌われたくない」という気持ちからネガティブに考えると「嫌われているかもしれない」と不安になる。

「迷惑になりたくない」という気持ちからネガティブに考えると「迷惑かもしれない」と不安になる。

その結果、思い込みで関係が悪化してしまったりします。

ネガティブに考えるのは良くない事がよく分かりますね。

では、どうすればネガティブにならずに済むのかというと…

まず、自分に猜疑心がある事をしっかりと自覚する事です。

「自分は悪い思い込みをしてしまう」という事実を受け入れるわけです。

次に、不安や恐怖からネガティブになって考えた時は、それが自分の猜疑心から来る思い込みだという事を思い出す。

実際のところ、ネガティブになっている時の思考は大体間違っています。

「あっ、今はネガティブになっているから、これは思い込みだわ」

と、悪い考えを払拭してしまうわけです。

「嫌われているかもしれない」

これは事実がそうなのではなく、ただ単に自分が嫌われたくないだけの可能性が高い。

特に洞察力のある人は…なまじ心を見抜く力があるせいで猜疑心と洞察力がごっちゃになりやすい。

洞察力は平常心でなければ発揮出来ないものです。

ネガティブになっている時はシンプルに猜疑心です。

私自身も洞察力に頼ってしまいがちですが、結局は人と話してみないと分からない事が多いです。

だから、ネガティブになりやすい人ほど直接話を聞いてみる事が大切なんですよ。

長所と自己評価

これも色々な記事で言っている事ですが…

人は自分の長所は自覚しにくく、短所は自覚しやすいんですよ。

そのため、自分には長所が無く短所ばかりあると思い込みやすい。

例えば、私は明確な数値が出ているから自分がマッチョだと自覚しています。

逆に、それが無かったらマッチョだとは思えないかも知れません。

私よりスゲー人は腐るほどいますからね。

また、私が記事に書いている内容は、自分ではレベルが高いのか低いのかよく分かっていません。

どっかの哲学者から評価されたわけでもありませんしね。

だから、記事の内容のレベルには別に自信を持っていないんですよね。

必要な事を書いているだけだから気にしてないだけです。

自分の事はそれが当たり前になっているから案外よく分からないものです。

ただ、自己評価ってのは低めになりがちなんですよ。

高みを見据える人ほどレベルの高い人を見ているから、相対的に自己評価が低くなる。

そうして自分の長所が長所と思えなくなる。

だから、高いレベルにあっても自己評価が低い人がいるわけです。

で…不安になったら誰か良い奴に聞いて客観的に判断してもらうと良いですよ。

嫌な奴は事実より下方修正した事を言うので、良い奴に聞くのが一番です。

良い奴が見ている自分の評価が本当の自分の評価と考えても良い。

また、人はレベルが離れ過ぎると理解出来ないものなんですよ。

例えば、私は絵を描かないし専門家でもないから絵画については一切分かりません。

しかし、絵を描く人のレベルによっては

「なんか知らんけどスゲー」

みたいな抽象的な評価から

「線の引き方や色彩の使い方がスゲー」

みたいに具体的な評価まで分かれます。

高いレベルにある人の何が凄いかを具体的に理解出来るほど、自分もそれに近い実力があると考えて良い。

確実ではないですが、自分の実力を知るポイントの一つですね。

あとは…たまに下を見るというのも実は大切です。

例えば、私はプロ格闘家と殴り合いをしたらまず勝てません。

彼らは異次元です。

ただ、私が一般人と殴り合いをしたらまず負けません。

腕力も頑丈さも経験も全然違いますからね。

だから、ヤベー奴と対峙した時も自信を持っていられます。

実力は同じでも、自信があるかないかによって行動と結果に影響します。

別に他を見下して天狗になれと言いたいわけではなく、自分の立ち位置を正しく把握しろという事です。

いつも下ばかり見ていたら成長しなくなりますが、自信を失いそうな時は下を見る事も必要になるんですよ。

自己評価は高すぎたら天狗になるし、低すぎたらネガティブになる。

だから、丁度良い自己評価を得るための工夫をする事が大切です。

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