「未完成」という色

哲学系記事
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責任感や拘りが強い人が陥ってしまいがちな状態が「完璧主義」です。

それは一見すると素晴らしい事のように思うますが、実は自分を苦しめている原因になっていたりします。

経験を積み重ねていくうちに、力の抜き方を学んでいくものですが、その前に潰れてしまう人も多い。

正直、完璧である必要なんて無いんですよ。

未完成という色が人にはある。

今回は、自分の弱さを隠そうとしてしまう人向けの話です。

誰もがスマートには生きていない

私みたいなオッサンは色々出来る事がないとヤベーものですが、若い人に出来ない事が多いのは当たり前なんですよ。

なんやかんや経験の差というものは大きいです。

私くらいの年齢にもなると完璧である事が求められるものです。

ただ、社会は若い人に完璧を求めているわけではありません。

シンプルに将来性を見ています。

色々なものを吸収して、高いレベルに到達して欲しい。

今は完璧である必要はないから、失敗も成長の糧にして欲しい。

涼しい顔をしている世の中のオッサン達も、若い頃には失敗や力不足を死ぬほど味わいながら今日に至っています。

例えば、私は20歳で警察官になりました。

警察官という責任がクソ重い仕事は、新人だろうが完璧でないといけない。

まあ、そう思っていました。

しかし、人生経験が浅かったから完璧には出来ないものです。

暴力団の乱闘に向かった時は上手く仲裁出来なかったし、初めて腐乱した遺体を扱った時はスゲー動揺しました。

コミュニケーションも下手で、初対面の人と上手く会話が出来るようになるまで長い時間を要しました。

同僚と打ち解けるのも大変でしたね。

今の私なら簡単に出来てしまう事ですが、当時の私には大変な事だったんですよ。

スマートにはこなせず、恥や失敗の連続だった。

まあ、人はカッコ悪い姿を見せたくないものです。

自分が全然ダメだった頃の話をする人は少ない。

「自分は昔から完璧だった」みたいな体裁で語る人もいるし、今の自分を基準にして若い人を評価する人もいます。

しかし…皆、若い頃はガッタガタで泥臭く生きていたんですよ。

立ち向かったか逃げたかの違いがあるだけで、誰しもが最初からスマートに生きていたわけではありません。

だから、私は今の自分を基準にして若い人を評価するのはダセーと思っています。

自分がその年齢の時はポンコツだったわけですからね。

「自分が若い頃は大変だった」

「今の若い奴は楽してる」

なんて証明しようもないマウントはクソの役にも立たない。

でも、そんな理不尽を押し付けられる事が多いのが今の世の中です。

そのうえで、自分の能力の限界に挑んで戦っている若い人達を見ると、シンプルにスゲーと思うんですよ。

私は自分が苦労したから同じ苦労をさせたいとは思わない。

新しい時代には新しい苦労があるから、古い時代の苦労は無くすべきだと考えています。

新しい価値観を受け入れず、新しい苦労を知らない人も多い。

パソコンもスマホも使えないジジイに「今の若い奴は楽」と言われ続けた事もあって、改善せずに苦労を残すのが嫌いなんですよね。

だから私は年齢を理由に見下さないし、持っている力を認めるし、力を貸します。

一般的に見て、私が若い人に死ぬほど甘い理由がここにあるわけです。

人に甘えるための話

人に甘えるために必要な事は、難易度が高い。

それを伝えると、甘えが必要な人を追い込む事にならないかと危惧して書いていませんでした。

ただ、実際のところ必要な人が多そうなので書いていきます。

決して馬鹿にしてるわけでも責めているわけでもありません。

まず、人に甘えるためには自分の弱さを他人に見せられるようになる必要があります。

ただ、プライドや恐怖が邪魔してなかなか出来ない。

実際、弱みを見せて嫌な思いをした事もあるでしょう。

そもそも、世の中で生きていくためには自分に厳しくなる必要もあり、甘えは邪魔になりやすいものです。

だから、向上心がある人ほど甘える事には強い抵抗があります。

ただ、精神のダメージを上手く管理出来ないうちは、甘える事によって回復するしかありません。

耐え続けるだけだと、いずれは潰れてしまいます。

だからといって、それが出来たらやっているわけで…

大事なのは、その問題をどうクリアするかですよね。

まず、一つは直感で「優しい」と感じた人を信用してみる事。

拒否されるかもしれない、厳しい事を言われるかもしれない、否定されるかもしれない。

甘える時には、そんな恐怖があります。

しかし、それはやってみないと分からない。

だから、「自分を受け入れてくれる」と期待して無理矢理にでも信用するんですよ。

まあ、信用というか賭けに近いですかね。

甘えるためには勇気を振り絞る必要があるわけです。

だから、難しいんですよね。

甘え上手な人だと、冷たい対応をされてもネタに変えてしまいますね。

そういう人はダメージの回復が抜群に上手いので参考になります。

また、相手が自分の辛さや悩みを理解出来るかどうかも重要になってきます。

自分の悩みを理解した人からの「大丈夫だよ」と、全く理解していない人からの「大丈夫だよ」では雲泥の差ですからね。

頭が良い人ほど悩みが複雑化するので、必然的に甘えられる相手が少なくなります。

で…ここから切り込んだ話になっていきます。

自己肯定感が低い人は、甘えるよりも甘えられる方を好みます。

その方がハードルが低くて楽だし、自己肯定感を満たせるからです。

逆に、甘える事は心理的に相手の下になると感じるため、非常に抵抗があるわけです。

特に男性は、強さやカッコ良さを見せなければならないと思い込みやすく、自分を落とせない人が多いです。

ただ、色々な記事で話してきた事ですが、強くてカッコいいだけの人間には魅力がありません。

人の魅力は、弱さ、アホさ、駄目さ、などなど…その人の人間らしさにも含まれます。

そういった色々な部分の総合力が魅力なんですよ。

それは自分では分からないものなので、マイナスに捉えて隠そうとする人が多いわけです。

私は気に入ったならスゲー痛いヤツでも好んで関わったりします。

それは、見下して満足しているわけではなく、単純にそいつが面白いからです。

プライドが高くて意地を張るヤツでも好んで関わったりします。

プライドの裏側にある弱さや純粋さも魅力だと思っているからです。

こういう風に人に見せたくない側面もまた魅力だったりします。

人に甘えられる事も魅力の一つなんですよね。

それは、人の下になる事でも価値を落とす事でもない。

だから、自分の弱みを見せる事を怖がらなくて良いと思います。

まあ、承認欲求モンスターみたいな感じで依存すると問題になるんですよ。

私も依存されるのが嫌過ぎて、厳しめの記事を書いていたりします。

ただ、自分が依存と同じになってしまったり、同じに思われてしまう事を気にする人が多いです。

しかし…そもそもスゲー我慢する人は、他人に死ぬほど気を使う人ばかりです。

相手に迷惑ならない事とか、気を使わせない事を第一に考える人が依存するとは思えませんよね。

だから気にしなくて良いと思います。

まあ、まとめると

●おっかなびっくり弱さを見せていく必要がある

●自分から弱さを見せる事は、むしろ自分の価値になる

という事です。

未完成という色

全てにおいて完璧な超人や全く弱みを人に見せない人は、人と仲良くなりにくいです。

人は他者の人間臭さを気に入るからです。

相手に心を開くという事は、自分の弱みを隠さない事でもあります。

ただ、コミュニケーションが下手だと、相手と仲良くなりたいがゆえに自分の良い部分だけを見せようとしてしまう。

恥ずかしい部分を隠そうとして、ぎこちなくなってしまう。

面接で固くなるのと同じ状況になってしまうわけです。

ただ、人も面接も相手の人間らしい部分を見たいんですよ。

下手に隠していると不信感すら持たれます。

ダセー部分を見せるほど人に好かれるし、仲良くなるものです。

完璧な人間なんて滅多にいません。

多くの人が未完成で、未完成なりの色を持っています。

100点に届かない葛藤は誰にでもあって、100点を目指しながら50点を取り続ける事も多いです。

私は自分の弱さと向き合って受け入れていく事を大切に考えています。

かつて、弱さを隠そうとして取り繕い続けた結果、パンクしたからです。

結局のところ、完璧に振る舞う事なんて出来ないし、今出せる色を出していくしかないんですよ。

「自分はこう思われていなければいけない」

というイメージは、自分が勝手に作り出した幻です。

人が人を気にいる時、意外とわけの分からん部分を気に入っていたりします。

私も自分のどこを人が気に入るのか、イマイチ良く分からないです。

昔、「カワイイところ」と言われた事があって、自己認識とギャップがありすぎて衝撃を受けました(笑)

案外、そんなもんなんですよ。

完璧である必要は無い。

人は未完成という色を持っている。

それは魅力でもあるわけです。

だから、それを出していけば良いという話です。

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