「生きてて偉い」

哲学系記事
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ちょいちょい色々な所で聞く言葉が「生きてて偉い」です。

私はなんやかんやこの言葉が好きなんですよね。

私にとって生きている事は当たり前ではないからです。

ただ、私がこれを言うと変に誤解されそうですし、悪人も死ぬほど見てきたから感情的に言いたくない理由が多いです。

だから、私は滅多に言いません。

ただ、言葉自体はわりと気に入っています。

今回は、「生きてて偉い」という話です。

人生という箱庭

突然だだっ広い空間に連れてこられて

「時間まで好きな事をしていていいよ」

って伝えられたら、どうしますか?

何かやる事を見つけたり、楽しい事を探したり、ただゴロゴロしたり…人によって違う事をすると思います。

基本的に自由なんですよね。

人生も本来はこんな感じなんですよ。

好きなように生きれば良いし、死ぬ事も自由です。

生まれた意味なんて無いからこそ、生き方は自由なんですよ。

ただ、現代人は野生で生きられないから社会に加わる必要があります。

社会の中では義務が発生するものです。

「あれをしなさい」

「これはやってはいけない」

みたいな制約を受けるわけです。

人が集まれば軋轢や摩擦も生じる。

それによって自由が制限されるし、非合理的な事も多くなります。

社会の中では利益と引き換えに制約や障害も多く、生きるのが辛いのは当然と言えば当然なんですよ。

経験や技術などの力、あるいは整った環境が無ければ基本的に辛いです。

で、人は死を選ぶ事が出来る。

死にたくなった事がある人もいるでしょう。

私もあります。

それは抵抗があるものですが、絶望的に辛い事や困難に立ち向かうよりは楽な事です。

しかし、それでも生きている。

だから、死を選ばずに生きているのは、普通に偉いわけです。

ただ、社会では自殺が良くない事とされています。

自殺は、客観的に見たら良くない事ではあるんですよ。

しかし、本当に…本当に辛い時、死は救済のように感じるものです。

死を身近に感じる事で辛い人生の終わりが見えるので、心が安らぐからです。

通常、人は自殺を考えないものですが、この状態になると自殺する可能性があります。

しかし、その時に自殺を否定されるとスゲー苦しくなります。

「辛い人生を老後まで我慢して続けろ」

と言われているようで、生きる事が拷問のように感じてしまう。

死を否定されると辛い状況にいる人は余計に苦しくなるわけです。

そういう時、人にかける言葉は「生きてて偉い」が適しているんだと思います。

人生の箱庭から出ようとする人に、「出るな」というよりは「残ってて偉い」の方が続けようという気になる。

そういうもんです。

人生の苦労

人は生きていれば大なり小なり苦労をするものです。

だから私は、他人よりも自分が苦労しているとは思わないようにしています。

他人には他人なりに私の知らない苦労があるし、分からない価値観がある。

それに、私自身も

「大した苦労をしていない」

みたいに言われる事が今でもあって、少し嫌な気持ちになったりします。

私が人生で経験してきた理不尽や苦労。

それらを全く知らない人に、まるで人生がイージーモードだったみたいに言われたら

「お前が私の何を知っているんだ?」

「お前がオモチャを買って貰えなくて駄々をこねている時、私は食い物が無かったんだが?」

と、思ってしまいます。

今ある能力や人格を生まれつき備えていて、そのおかげで楽して生きてきたように思われてしまう。

私は元々クソザコナメクジだったから、生きるために必死にかき集めたものなんですけどね。

ただ、これは誰しもが似たようなものなんですよ。

その人が人生で経験した辛い事は、その人にしか分からない。

自分が他人より苦労しているように感じるのは、ただ単に他人の苦労を知らないからです。

一生懸命に乗り越えてきた人生の困難を

「大した事ない」

なんて言われたら、そりゃ誰だって嫌な気持ちになるものです。

人はそれぞれ苦労を背負っている。

これは世に生きる人の前提条件です。

その上で腐らず、多くの人は一生懸命に生きている。

だから、そういう人達に向かって

「大した事ない」

って、マウントを取る人よりも

「生きてて偉い」

と言える人の方が遥かにマシだと、私は思っています。

命は燃料

社会制度や社会通念を見ると

「会社で我慢しながら堅実に定年まで働いて、年金を貰いながら老後を過ごしなさい」

と言われているような気になります。

これは多くの人が安定した人生を送るための規範のようなもので、決して悪い事ではありません。

大抵の人はこれが正しいと信じているし、実際に幸せになる確率が高いです。

ただ…私はクソみたいな状況から生まれたクソマイノリティなんですよ。

私にとって、その生き方は拷問に等しい。

私が人生に求めるものは、人生という箱庭の中で自分の目的を果たす事です。

だから、平和な人生のレールなんて知ったこっちゃないわけです。

こういう人も世の中には結構います。

ただ、これをなんかスゲー事みたいに勘違いをして欲しくはないです。

私は、自由に生きる代償として野垂れ死ぬ事を受け入れています。

レールに乗っていれば、安定した暮らしと幸せが手に入る。

だから、一時の熱や浅慮で安定を投げ捨てたら必ず後悔するでしょう。

人によって幸せな生き方が違うというだけなんですよ。

私は、命は燃料だと思っています。

それを消費しながら人生を前進していくものです。

少しずつ消費しながらゆっくり進む人もいれば、激しく消費しながら早く進む人もいる。

とりあえず前進しているなら「生きてて偉い」で良いんじゃないかと思います。

「レールに乗れ」

「レールから外れろ」

世の中には色々な意見がありますが、どちらかが正しいというわけではなく、大切なのは自分が納得出来るかどうかです。

どんな立場だろうと、自分の人生としっかり向き合っているなら偉いんですよ。

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