対「不特定多数」

哲学系記事
スポンサーリンク

今回は、何らかの発信をする人向けの話です。

私のブログの反応を見るに、youtubeやブログなど何らかの発信者の方も読んでくれているようです。

私のブログは対「個人」、対「集団」の話が多いですが、対「不特定多数」の話は少なめです。

だから、気まぐれで発信者向けの話を書こうと思いました。

今回は、不特定多数との向き合い方の話です。

コンテンツに集まる人達

発信者のコンテンツに集まる人達は様々な特性を持っています。

それぞれの考えや嗜好はバラバラなので一概にまとめる事は出来ませんが、大別すると4つに分かれます。

●一般型

純粋にコンテンツを楽しみに集まる人達。

面白ければ称賛し興味が無ければ離れていくという、至極当然の反応をする。

コンテンツはコンテンツと割り切っていて、例えるなら純粋に映画が見たいから映画館に来るイメージです。

大抵の場合、発信に集まる人は大部分がこの人達で構成されており、この人達はほとんど意思表示をしません。

ポジティブな意見を多少言うだけで、ネガティブな意見を言う事が無く、コンテンツが気に入らなければスッと離れていきます。

この人達を集めるには純粋にコンテンツのクオリティが必要なほか、目に止まるためのプロモーションも必要になります。

また、陰湿だったり悪意のあるコンテンツには集まりにくいという特性もあります。

多くの発信においてメインターゲットになるのが一般型ですが、同時に流動的でもあるため安定しない層でもあります。

●応援型

一般型と違い、純粋に発信者を好んで集まる人達。

コンテンツの内容に左右されずに集まるため、純粋なファンとも言えます。

基本的には発信者に似た性質の人が集まりやすく、コンテンツが無事に長く続くように動きます。

また、この人達は積極的にポジティブな意思表示をします。

発信者からすれば非常にありがたい存在で、応援型を多く集めるほどコンテンツが長続きしやすい。

ただ、発信者の特性が特殊であるほど応援型の絶対数は少なくなりますが、その分目に止まりやすくもなります。

また、本来の自分とは違う自分を演じると、応援型はあまり集まらない。

後述する依存型と違って発信者の良い部分や悪い部分も含めて応援する人が多く、実は未熟な部分がある発信者の方が集まりやすかったりします。

●依存型

発信者によって自己肯定感の低さや人生の不満を埋めようとする人達です。

発信者に必要とされたい、発信者に特別扱いされたい、発信者の名を借りたい、発信者をコントロールしたい、発信者を自分のものにしたい、などなどの強い願望を持っています。

普通の人でもそういう願望を持っていたりするものですが、依存型の特徴は自己中心的で相手の都合を一切考えない事にあります。

自分の願望を叶えるために要求する事が多く、要求が通らないと発信者の気を引くために様々な事をします。

例えば

「他の発信者の方が良いからそっちに行く」

「これはつまらない」

など、言う必要が無い事をわざわざ言ったり

「言う事を聞け」と高圧的になったりします。

また、恋愛感情を抱く場合も多い。

それ自体は問題ではありませんが、依存型の恋愛感情は純粋な物ではなく、自己顕示欲に近い。

その人が好きというよりは、自分が身に付けるアクセサリーが欲しい感覚です。

一見すると純粋なファンやアンチと見分けがつきにくいですが、あくまで自分の願望が主体なのが依存型です。

また、複数の発信者に依存する場合が多く、より自分の願望が叶う方へ簡単に移ります。

中には発信者に相手にされない事で憎悪を向けてくる人もいます。

が、一度でも相手をしたら要求がエスカレートします。

発信者が都合の悪い言動をすると憤慨して攻撃的になります。

これらの理由から依存型は発信者のストレスになる事が多いです。

依存型に潰される発信者は多く、いかにして依存型を少なくしていくかがコンテンツを長持ちさせるポイントの一つになっています。

なお、依存型は何をしていても勝手に現れます。

特に理想的な人間を演じる人、または完璧だったり強い人間に集まりやすいです。

●攻撃型

発信者に対して誹謗中傷や殺害予告、中身の無い批判をする人達です。

発信者の人気や収入と自分を比較し、嫉妬したり自尊心が傷つく事で攻撃的になります。

依存型と同じく自己肯定感の低さが原因で、誰かの上に立ちたくて攻撃するか、自分が依存する相手に関わる人を攻撃します。

私みたいに人の心に踏み込んだ話をする人にも集まりやすいですね。

「死ね」「消えろ」「嫌い」などの直接的な攻撃は中高生に多いそうですが、ある程度の年齢になると中身の無い批判が多くなります。

とりあえず批判してその道の通ぶったり、普段は考え事もしないような社会正義を持ち出したりしますね。

この人達は自分の心の痛みから逃れるために相手を攻撃せざるを得ない状態で、願望の後から理屈をくっつけているから意見が歪です。

見る人が見れば一発で分かる稚拙な内容ですが、当人達は客観性を失っているので自覚が出来ない。

また、願望に振り回されているためリスクヘッジが出来ず、「まあ大丈夫だろう」と根拠の無い自信で攻撃を行います。

悪意のある発信をしていると寄り付きやすい特性がありますが、そもそも影響力が強いほど大量に発生します。

だから、良くも悪くも誹謗中傷や殺害予告が多いほど影響力が強いという事です。

攻撃型の人達は、自分自身が置かれた状況が改善しない限りは攻撃をやめられません。

そのため、基本的には何をしても止めさせる事が出来ない。

どういう心理で攻撃しているかを把握して、重く捉えない事が上手く捌くコツです。

依存型と攻撃型に流されない

発信で収入を得る事を悪と考える人もいますが、個人的には労力を払っている人に無償を求める方が悪な気がしています。

コンテンツを作って維持するのは大変ですからね。

コンテンツは何よりもまず人を集める事が大事です。

私みたいに発信で商売する気が無いブロガーでも、やはり人に見られなければ意味が無い。

発信で生計を立てている人なら尚更です。

1人でも多く集めたくなるのは当然だし、依存型を狙うのも分かります。

ただ、依存型と攻撃型は一般型を狙っていれば勝手に沸くんですよ。

フォロワーが10人未満のTwitterアカウントのツイートにもクソリプは来ます。

それぐらい集まりやすいわけです。

で、依存型と攻撃型はマイナスに働く事が多いです。

依存型は影で周りのファンを排斥しようとしたり、他のファンを貶めるような発信をする事もあります。

発信者に対する迷惑行為を行い、注意されても「構われた」と思うので止めない。

発信者に対する執着が強過ぎるとストーカー行為に及んだりします。

基本的に発信者が嫌がる事を行うわけです。

攻撃型は、依存型が敵意剥き出しになった感じです。

人間なんて欠点だらけなので攻撃しようと思ったらいくらでも出来ます。

普通の人は攻撃したりはしません。

わざわざ攻撃するのは、発信者ではなく攻撃型の内面に原因があります。

だから、気にしても仕方ないと私は思っています。

依存型と攻撃型、このネガティブな二者は基本的に対処が出来ない。

徹底的に厳しい対応をすると一般型や応援型が離れてしまう。

減らすのは難しいから増やさない工夫が必要になってきます。

例えば、依存型や攻撃型は相手が特別な存在であって欲しいと願っています。

発信者の影響力に付随して自分の価値が上がると考えるからです。

面白い事に「私は普通のオッサンである」と言い続けたら少なくなりました。

あと、投稿頻度を落とす事でも少なくなりましたね。

ただ、これは多くの発信者にとって使える手ではないでしょう。

だから、基本的に無視、または気にしない様に考え方を変えるのが良いと思います。

依存型や攻撃型の期待に応える事はマイナスにしかならない。

それらの期待は自分勝手な願望だからです。

逆に、一般型や応援型の期待に応えていくとプラスになります。

それらはコンテンツや発信者を成長させるものだからです。

集まる人を全て同じと考えず、一般型と応援型、依存型と攻撃型に分ける。

んで、一般型と応援型にだけ意識を向けてコンテンツを作っていくと良い結果になりやすいです。

まあ、依存型や攻撃型は存在感が強いから難しいんですけどね。

私も依存型に意識を引っ張られて棘のある記事になる事があります。

発信を行う上で依存型と攻撃型は避けられず、意識から除外するという戦いを続けなければならないワケです。

で、さらに大事なのが一般型を嫌わない事と応援型を信用する事です。

基本的に読者や視聴者に対して嫌な思いをする時、相手は依存型が攻撃型なんですよ。

一般型はただ発信を楽しみに来る普通の人なので、彼らに悪意はありません。

発信が面白ければ面白いし、面白くなければ面白くない。

ただそれだけです。

だから、何の害にもならず黙ってコンテンツを見に来てくれる人なんですよ。

普通にありがたいですよね。

そして、応援型の人達は見返りを求めているわけではなく、応援したいから応援しているだけです。

そのため、好きな発信者がただ活動してくれているだけで良い。

ちょっとやそっとじゃ離れないし、わりと根強く応援してくれる。

依存型に攻撃されても応援し続ける人もいます。

だから、私は応援型の人は基本的に良い奴だと思っています。

依存型と攻撃型に意識を向けると読者や視聴者を嫌いになってしまう。

するとコンテンツがネガティブになりやすいです。

一般型と応援型に意識を向けると、読者や視聴者に好感を持てるようになる。

そういう時は良いコンテンツが作れたりします。

応援型の目線

私自身にもブログやyoutubeやSNSなどで活動を応援している人達がいます。

いわゆる「推し」というやつですね。

ただ、私みたいなのにも攻撃型や依存型が取りついていて、彼らを刺激しかねないから大手を振って応援出来ないのが辛いところです。

攻撃型や依存型が相手に迷惑をかける可能性が高いですからね。

だから目立つ行動は避けて、ひっそりと応援しています。

また、色々と情報収集をしていると

「あっ、この人は私の記事を読んでくれたのかな?」

と思うタイミングがあります。

私のブログの特性上、そこに触れるのはタブーなので…

密かに「ありがとう」と勝手に思っています。

まあ、推しや好感を持てる人物がいるのは良い事です。

で、推しが叩かれたり炎上する時もあったりします。

こういう時、応援型は推しを嫌ったりしないんですよ。

悪い部分は悪いと認めて、その上で味方する感じです。

だから依存型や応援型が何を画策しても、応援型には大して影響が無いのが実情です。

また、長い間活動を休んだとしても、再開したらスッと戻ってくるのが応援型です。

推しを好むがゆえに推しが幸せである事を望む人が多いです。

推しの恋愛や結婚に関しては意見が分かれると思います。

私の場合、最近好きな配信者の1人が結婚しました。

まあ、その人は男性だったので当然ながら恋愛感情はありませんし、依存しているわけでもない。

それでも若干の寂しさを感じるのと、それ以上に祝福する気持ちが強い。

人によって反応の大小はあると思いますが、同性や異性に関係なく、推しの恋愛や結婚の反応は似たり寄ったりだと思います。

例えるなら、よく遊んでいた空き地が公園になってしまったような感覚です。

まあ、恋愛感情を抱いていれば話は別なんでしょうが、基本的には推しの恋愛や結婚を肯定的に受け止めているのだと思います。

まあ、これらは私や身近な応援型の人をベースに考えているので、必ずしも全ての応援型がそうとは限りませんけどね。

ただ、応援型が反転してアンチになるわけじゃなくて、反転するのは基本的に依存型です。

依存型や攻撃型が強烈に荒れるだけなので、荒れる人が荒れるというだけですね。

応援型に対しては無理に気を使う必要はないという事です。

自分に味方する人を信じられると、コンテンツを作りやすくなります。

これもまた長続きするポイントの一つですね。

コメント

Copied title and URL